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「あっ、おはようございます!」
翌朝明らかに目が泳いでいるモカに、平太は元気に挨拶する。
「今日は僕がぜーーんぶマロンくんの面倒をみます」
「えっ?」
「子育てはしたことありませんが、いろいろ検索しました。保育士さんのブログも徹夜で読みました! まず、朝食を食べて、そのあとはごろごろしてください。モカさんは疲れすぎています。とにかくまずはしっかり寝てください。さ、マロンくん、僕とあそぼうね!」
抱き上げると、人さらいにでもあったようにマロンは泣きだした。
「ママじゃなきゃいやあああああ」
「平太さん、」
「思いきりも必要です。最初は慣れなくてマロンくんも泣くでしょうが、そのうち慣れるってネットに書いてありました。一人でなんでもしようとしないで」
「そんな」
「お任せください!」
「んぎゃああああああああ」
マロンをはさんで押し問答のようなかたちになる。モカは、平太からマロンを奪い返して怒った。
「やめてください! いったい何がわかるんですか? この子がどういう子か、何ができて何ができないか、何が危なくて危なくないか、苦手か、食べられるものは何か、わかるんですか。会ったばかりのあなたに子どもの面倒なんか任せられるわけがない」
モカは、一気にまくしたてると、その場にへたりこんだ。こらえていたものが全て決壊してしまったように、ぼろぼろ涙をこぼす。
「ママ、……?」
モカの涙に驚いたマロンは、さっきまでギャン泣きしていたことなどなかったように泣きやんだ。そして小さな手でモカの濡れた頬に触れる。
モカは幼いマロンにすがりつく。抱きしめる。まるで親子が逆転したようだった。モカのほうが頼りなく小さく見える。
だが、すぐにモカは、ぱっと顔をあげ、服の袖でごしごし涙をぬぐい、マロンに「ありがと」と微笑んだ。平太に向き直る。
「……急に押しかけて、迷惑をかけているのはこっちなのに、ごめんなさい」
平太は何も言えなかった。うまくいくと思ったのだ。喜んでほしかった。助けになりたかった。
手伝いたい、笑顔にしたい。でも今の自分は役立たずで、手出しできる立場ではない。
「わかりました! これから僕は全力でマロンくんの友だちになります。学びます。負けないです。へへっ」
平太は、はーっと息をはきだすと、今度はすーっと吸って肺に酸素を満たす。
モカはぽかんとしている。
空気を換えて。気分を変えて。失敗すれば何度だって仕切り直しすればいい。
「さーてこのアヒルちゃんで遊ぼうかなー? それともスーパーボールで遊ぼうかなー?」
箱にいれていたおもちゃをぶちまけた。部屋全体がおもちゃ箱のようにカラフルになる。
「僕の子どもの頃のものです。夜のうちによく洗って乾かしてます。口にいれても平気なように消毒済です」
説明はちょっと早口になった。
「……小さいものは誤飲の危険があります」
モカが遠慮がちに言う。
「了解です! これとこれと……、あとこれはどうでしょう」
「ぜんぶ小さすぎて危ないです」
「はい」
平太は素早い動きで片づける。
「これは」
「大丈夫です」
「これはどうでしょうか?」
「形がとがってて危ない、です」
「これあ」
マロンが、足元にころがってきたおもちゃを小さな指でつまみあげる。真剣な顔だった。
ぎくしゃくしていた大人二人が顔を見合わせ、同時に吹きだした。
「マロン、まったくもう」
「僕よりかしこい!」
子どもっておもしろいな、と平太は思った。大人をよく観察している。小さな体で毎日全力で生きている。
そしてそんな子どものことを一番に考えている、モカさんは素敵だ。こんないい顔で真剣に怒り、悩み、泣き、笑う。
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