そうじゃない

14/14
前へ
/14ページ
次へ
 汗が光る額を、遼河は無言で拭った。 「あ、ごめん、気付かなくて」  私はタオルを取り出して遼河に渡した。そして冷蔵庫に入っていたサイダーを一本取り出した。 「これ、あげる。クモのお礼」 「ありがとう……」  白いタオルに顔を埋めて、汗もスッキリして気持ちよさそうだ。そりゃそうでしょう、日本三大タオル産地の一つ、今治タオルなんだから! 「今治タオル気持ちいいよね。実家からいっぱい持ってきちゃった」 「あ、あのさ、今日のことで、なんか、前よりも好きになっちゃったというか……」 「え、クモが!?」 「く〜! そうじゃなくて!」  遼河は大きなため息をついた。 「なんか、もう疲れたから帰るわ」 「そうだよね。クモ退治でバタバタしちゃったしね」 「そうじゃない……もういいや。じゃ、また明日ね」 「うん、今日は本当にありがとうね!」  感謝の気持ちを込めて、玄関先から手を振った。角を曲がって見えなくなるまで見送った。  それにしても遼河があんなにクモに詳しいなんて知らなかったな。嫌い嫌いって言ってたけど、嫌よ嫌よも好きのうちって言うし、今回のことでちょっと好きになってきたっぽいし、またクモ出てきたら遼河に頼もう。  ふふふと笑みがこぼれ、玄関のドアをゆっくりと閉めた。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加