そうじゃない

2/14
16人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
 遼河のアパートからうちまで、自転車で五分ぐらいかな。アイツが気になって何もできない、動けない。静まりかえったアパートの部屋は、余計に恐怖が増していく。隣の部屋の大学生がテレビを観て大声で笑うのを、いつもは気にならないのに無性に耳に付く。  気を紛らわそうとテレビを付けようにも、アイツがじわじわ動くのが気になって、リモコンまで手が届かない。遠い。今日に限ってどうしてリモコンがアイツの近くに落ちてるんだ。もう、早く、早く遼河来て。  ――ピンポーン。     待ちに待ったその音に、私は転げるように玄関へと向かった。 「遼河! 待ってたよ!」  嬉しさのあまり、目が潤んだ。ドアを開けると、いつもの遼河の出立(いでた)ちが、まるで救世主のように思えて仕方なかった。 「え、何、どうしたの?」 「とにかく入って」 「あ、うん……」  パタンとドアが閉まると、安堵した口が溢れる言葉を抑えられず、次々と声を発した。 「アイツがいるの! ほんと良かった、遼河が来てくれて。めっちゃ怖かったんだから。あっちにいるからお願いね!」 「アイツ……」  眉をひそめた渋い表情で、遼河は靴を脱いだ。 「G(ゴキブリ)か?」 「違う違う! GじゃなくてK!」 「何、Kって」 「クモだよ! ゴキブリがGならクモはKでしょ!」 「クモをKって言う人、初めて見た」
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!