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ダダンッ、と床が鳴る。呆然と立ちすくむ雷奈達の視界に、たたらを踏むように後退した長身が躍り出た。
上下紺の道着袴に身を包んだ彼を、突っ込むように小さな姿が追撃する。道着は白、袴は紺の彼女は、次の瞬間、目にも止まらぬ速さで動いた。硬質な音が三つ響いたのを聞いて、三連撃を繰り出したのだと理解したのは、懐に入り込んだ少女が、木刀の柄頭で胴の側面を穿った後だった。
不意打ちを食らった灰色髪の少年だが、少し体の軸をぶらされただけで、すぐに反撃に出た。右から左への横薙ぎの一撃。防具をつけた胴を狙って振りぬかれた刀身は、一瞬で全身の力を抜いたように軽やかにしゃがみこんだ少女の、額金からのびる白い布にもかすらなかった。
直後、バネのように立ち上がった彼女の剣から、続けざまの斬戟が繰り出された。それを故郷でずっと見てきたはずの幼馴染は、しかし、かろうじて防ぐのに精いっぱいだった。
「ちょ、待っ、うわっ……なんつー猛攻……!?」
「無駄口を叩くな! 舌を噛むぞ!」
ついていくのに必死な相手にも、手心の一つも加えられていないことは遠目から見ても分かった。
三人は、つい先ほどまでの認識を改めた。
今、この道場には、河道ルシルと大和コウしかいない。ただ、音にして数倍の人数を錯覚させるほどの、激しいかかり稽古を繰り広げていただけで。
ルシルの息つく暇もない猛攻は、まるで親の仇でも討つかのように容赦がない。それをギリギリで防ぎ、かわすコウともども、雷奈たちの来訪には気づいていない。気づく余裕など、あるわけがない。
少しからかってやろうなどと、立ち話をしようなどと、そう思っていた来訪者達は、自らの浅薄さを恥じた。
彼らは、鬼気迫るほどに、本気だ。
しばらく、棒立ちになってその様子を見ていた雷奈たちの視線の先で、変わらず浴びせられ続ける斬戟の中、コウがハッと目を見開いた。
「待て、ストップだ、ルシル!」
制止も聞かず、ルシルが渾身の一太刀を繰り出す。何度目とも知れぬ硬い音を響かせ、コウと切り結んだ直後だった。
カランッ、と木刀が床に落ちた。その乾いた音が、三人が思わず口に出したわずかな驚嘆をかき消した。
片手に木刀を持ったまま片膝をついたコウの反対の腕の中で、倒れ込んだルシルが激しく咳き込んでいた。
「げほ、げほっ……かはっ」
「だから今日はもう切り上げようって言ったろ。しばらく肺炎で伏せってて動いてなかったんだし、まだ上気道に炎症残ってんだから」
返事はできないまま、無理を通したことに罪悪感はあるのか、小さく頷くルシル。その背中をさすり続けるコウ。
その光景を最後に、三人はそっとその場を離れた。最初の氷架璃の呼びかけが聞こえていなくてよかった、と心底思いながら。
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