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***
あの日。
えぐられた傷口を、空元気の宴で埋めようともがいていた彼女らのもとに、雪とともに奇跡が舞い降りた、聖なる日。
「メリー、クリスマス」
彼女らが最も望んだプレゼントを持って――というより、プレゼントとなって現れたサンタクロースの姿に、その場は雪の落つ音さえ聞こえてきそうな静寂と化した。
そしてそれは、直後、歓喜の叫びに打ち破られた。
「うおおおお!」
「雷奈あぁっ!」
飛びつく氷架璃、抱きつく芽華実。頭を撫で回されて帽子は早々に落ち、髪は乱れ、アワとフーがバタバタと駆け寄って来る頃には、雷奈は自身だけでなく二人の涙であちこち濡れている始末だ。
「なんで!? どういうこと!?」
「今はいいじゃない、雷奈が無事で帰ってきてくれたんだから!」
氷架璃と芽華実の隙間を狙って、フーも抱きつく。アワも思わず肩を叩きかけて、氷架璃に「セクハラ!」と蹴っ飛ばされた。理不尽に尻もちをつきながらも、やれやれと笑った彼は、部屋の中からおもむろに縁側に出てくる、落ち着き払った少女の嘆息を聞いた。
「騒々しいぞ。とっとと中に入らぬか」
無表情でそう言う雷華の視線の先、泣き笑いでぐちゃぐちゃになった顔で、氷架璃と芽華実が彼女を振り返る。
「いや、冷静すぎるだろ!? 雷奈が……雷奈が帰ってきたんだぞ! こりゃもう宴だ!」
「宴なら先程からしておったであろう。一喜一憂、忙しない奴らだ。其奴がここへ帰ってくるなど、至極当然のことであろうに」
呆れた様子でそう返すと、彼女はくるりと踵を返した。
「……雷華」
その背に、雷奈が呼びかける。
「……もしかして、信じてくれとったと? 私が生きてるって」
「何の話か。生き死にの話などしておらぬ。ここはお前の家で、お前の帰る場所だ。ゆえに、お前がここへ戻ってくるのは必然であろう。疾く入れ。この寒い時分にあられもない格好をしおって」
背中を向けたまま、いつもの調子で言うと、雷華はすたすたと部屋の中へ入り、何事もなかったかのように、座布団の上に正座した。
あられもない――雷華は「冬に似つかわしくない」という意味合いを込めて言ったのだが、肩も太もももむき出しにした露出度の高い服装に、雷奈は「慎ましさのなさ」と解釈し、今さらながら身を縮ませた。
ほんのついさっきまで、親友たちとの再会に胸が躍るあまり、自身の格好を省みることもなかった。だが、クリスマスケーキの売り子でもここまで媚びたサンタ衣装は着まい。端的に言って、恥ずかしい。
「ご、ごめん、私ったら……氷架璃のアレ、冗談やったよね? ひいとる?」
「私がひくというより、あんたが風邪ひくだろ。とにかく、早く中入れって」
「それにしても、コートも持ってない……というか完全手ぶらじゃない! え、どうやって来たの!?」
大声を上げた芽華実のセリフに、ようやく一同は気づく。雷奈は、上着はおろか、ハンドバッグの一つも持っていなかった。文字通り着の身着のまま、そこに立っていたのだ。
「さっ……さてはチエアリか!? チエアリが雷奈に取り憑いてんのか!?」
「ち、違うったい! 取り憑かれてなか!」
「じゃあチエアリが雷奈に化けてんのか!?」
「化けてもなか!」
「それなら、チエアリが……」
「チエアリから離れんね! ちゃんと私やけん!」
普段なら石橋を叩くこともなくスキップで渡る氷架璃が、ここまで用心している。クロガネが雷帆に取り憑いた件や、雷奈が手ぶらでここにいる事実に鑑みれば、無理もないだろう。
ため息を一つ、雷奈はちらと後ろに視線をやり、きまり悪そうに言った。
「荷物類はね、持って来とるよ。今はサプライズの雰囲気を壊さんように、持ってもらっとるだけ」
「持ってもらってる? 誰に?」
雷奈が一瞥した先に誰かいるのだろうか、と芽華実がそちらに視線をやる。他の者たちもそれに倣う。
雷奈は、くるりと後ろを振り返り、参道脇に植わったサカキの木に呼びかけた。ごめん、お待たせ、出てきてよかよ、と。
声に応じて、木の葉の陰から現れる姿があった。二つ折りにしたコートを抱え、パステルカラーのバッグを斜め掛けにしたその人物を見て、氷架璃と芽華実、そしてアワとフーも、衝撃ともいえる驚愕に頭を揺さぶられた。
目を見開き、立ちすくんで動けない四人の、予想通りの反応に苦笑いしながら、雷奈は言った。
「とりあえず、中で話すけん、上がろ?」
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