62|学園追放

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「……」 「……どうした?」  はあぁ、と肺を空っぽにするようなため息とともに、宮希は少し椅子を回して、机に頬杖を突いた。そして、ガラの悪い悪霊にでも憑りつかれたかのごとく、吐き捨てるように呟く。 「事情聴取データの分析結果、あの最高司令官に強要されて花雛さんが実行したという結論にしてやろうか。それがいい。バレれば当然、情報管理局と希兵隊の関係が悪化するだろうが、その時は全てオレのせいだと皆に伝えてくれ。オレは後で首でも腹でも何でも斬る」  そのセリフの、態度の変わりよう。  うとめは苦い顔をし、後輩組はきょとんとし、イヅナは腹を抱えて大爆笑した。 「お前、ほんっと今の最高司令官嫌いだな! わかりやすいやつだぜ!」 「当たり前でしょう」  心の底からの嫌悪をむき出しにして、宮希は苦々しげに言う。 「あのひとが最司官に着任してから、ろくなことがない。霞冴はクロ化した挙句に瀕死の状態に陥った。あまつさえ前線に立たされて未知のチエアリにやられた。悪いことずくめだ」  チエアリ・ジンズウによる一件にしろ、ガオンとの戦いにしろ、一部始終は宮希の耳にも入っていた。その当時の宮希の様子といったら、ポーカーフェイスでさっき立ち上げたばかりのパソコンをシャットダウンしてしまったり、書類の一ページ目を開いたまま十分間固まっていたりと、彼らしからぬ奇行を見せる始末だった。要は、平静を装いながらも、相当うろたえていたのだ。  前者の神隠し事件に関わって、希兵隊本部に赴いていた向日葵と菫も、その名前には聞き覚えがあった。 「あの、霞冴さんって、前に時空震で行方不明になってた……?」 「そう、今は副最高司令官だけど、元は最高司令官だった女の子。つまり、宮希の直属の後輩。ちなみに、」  そう言って、うとめは細く形のいい小指を立てて見せる。  それを見つめること三秒、込められた意味に気づいて、二人の少女の頬に色がさした。 「お……おおー……!」 「えっ、茄谷先輩って……えっ、えっ!?」 「長らく会ってないんだけどね。この子ったら、プライドが高すぎて。希兵隊トップの座から降りたものだから、それ相応に高みに上ってからじゃないと会いたくないんだって。でも、本当はずっと会いたくて会いたくて仕方なかったのよ。ねー、宮希。だからしゃかりきになって室長まで上りつめたんだものねー。もう胸を張って会いに行けるわねー」  姉に全てを暴露され、色めき立つ樹香姉妹、どこか尊敬のまなざしで見つめ……ているかもしれない目隠れノン、笑いを必死に飲み込むイヅナの視線を集めた宮希は――さっきのやさぐれた表情はどこへやら、唇を震わせて、耳まで真っ赤に染まって。 「――お前達! 仕事配分はわかったな! 至急とりかかれ! 以上! 解散!」 「は、はいっ!」 「了解です!」 「はひゃぁああかりましたぁ!」  突然の噴火で飛び散った噴煙から逃げるように、後輩ズは部屋を飛び出していった。  フーフーと火山灰を吐き出していた宮希は、まだ熱をもちながらも、ようやく鎮火した。  いつものぶっきらぼうな目を、残った二人に向ける。 「……用が済んだならご退室を。分析始めますんで」 「おう、頼むぜ。ちなみに、どれくらいかかりそうだ?」 「共起パターンとクラスタリングで森を見つつ、共起性に沿って重要単語を変えながらカテゴライズする計量テキスト分析と並行して、そのデータベースに基づいて時系列順に個々の動線をマッピングするシミュレーションの作成くらいは今日中にしますよ。結果次第なので、さっきも言いましたがあいつらの事情聴取中に成果をまとめられるかは保証しません」  イヅナはしばらく、黙ったまま彼の視線を受け止めていた。反芻、理解、批判的思考、納得、感心、それらのプロセスを終えるのに五秒弱。 「……頼もしいこって」  唇の端を吊り上げると、「じゃあ頼むぜ」と言い残して踵を返した。うとめも、「じゃあね」と弟に手を振って、イヅナとともに部屋を後にする。  パタン、と閉じた扉の横のネームプレートを、うとめは再度見やる。  「調査室 室長 茄谷宮希」。  取り戻した漢字名さえ、プラスチック板の上で肩をそびやかしているように見えた。 「……すみません、相変わらず生意気なヤツで。室長になってから、また一段と態度が大きくなったでしょう」  保護者精神で、うとめはイヅナにそう言って頭を下げた。彼は、一瞬きょとんとした後、明朗な笑い声をあげた。 「いいよ、いいよ。実際、オレが室長やるよりよっぽど頼もしいし。それに、あいつだって努力したんだからさ。ったく、入局当初の発言には驚いたぜ」  うとめと宮希の入局当時、調査室室長だったイヅナ。十歳で普通科を、十三歳で理数学研究科を卒業してから、エンジニアを経て情報管理局に就職した彼は、その経歴から情報工学系の仕事を担ってきたのだが、三大機関が一角でIT畑を背負うには知識も技術も足りなかった。調べながら、学びながら、何とか回している――そんな愚痴を、まだ仕事の割り振りが決まっていなかった二人にこぼした時だった。  ――オレに二年ください。  不安も躊躇もなく、確信に満ちた目で、あの小さな天才は言った。  ――その間、パートタイムで理数学研究科への通学と掛け持ちさせてください。二年で卒業して、即戦力になって見せます。 「あれ聞いた時は、冗談だろって思ったけどな。まさか全部有言実行するとは」 「でも、だからあの子を後釜に選んだんでしょう?」  見上げてくるうとめを見つめ返すイヅナは、少しばかり返答に迷った。即答するには、胸中はやや複雑だ。  なにせ、同時に入局したとはいえ、宮希は二年間パートタイム労働だったのだ。それに対し、うとめは最初からフルタイムで働いていた。熱心に取り組み、着実に仕事を覚えていった。  けれど、イヅナが選んだのは、彼女ではなかったのだから。
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