62|学園追放

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***  希兵隊総司令部・最高司令官の業務は、各部署や隊への司令、資金運用から、他機関とのあれこれや、遠征にかかるあれこれ、などなど。  多方面に、多岐に渡るそれらだが、その実、ざっと二種類に分けることができる。要は、組織の代表としてすべき仕事、そして最終的な決定権を行使する仕事だ。  逆に言えば、誰がやってもよくて、大きな決断を迫られないような業務は、その他の隊員たちに振り分けられる。いわゆる雑務の類は、最高司令官の仕事ではない。  間違っても、中央隊舎裏の花への水やりなどは、誰に任せてもよく、大きな決断も不要な、雑務の類のはずである。 「……」  大和コウは、腕を組みながら総司令部室の外壁にもたれて、鼻歌交じりに植木鉢にじょうろを傾ける美雷を胡乱な目で見ていた。  殺伐としていると思われがちな戦闘集団・希兵隊の本拠地にも、いとおかし、花が咲いている。  基本的には、雑草のように勝手に咲いたものの他は、年に一度の殉職者追悼式に使うユリや菊を栽培しているという「状況」だが、ここのものは違う。美雷が「色どりがあった方がいいわねぇ」などと言って手ずから植えたものである。暇か、とコウは思う。 「きれいに咲いたわねぇ、コスモスちゃん」 「……」 「あら、あなたはどこから来たの? 黄色いお花さん」 「…………」 「コウ君、見て。この子、色が霞冴ちゃんに似ていない?」 「………………」  抗議の意味を込めて、ふいとそっぽを向く。  美雷の声は追ってはこなかった。コウの視界の外で、また花に話しかけ始めた。 「あなたも植えた覚えがないわね、風で種が飛んできたのかしら。初めまして」 「……」 「コウ君、見て見て。珍しいわよ、これオドリベトベトソウじゃないかしら」 「知らねえよ、花の名前なん……か……!?」  けだるげに振り返ったコウの血圧が跳ね上がった。さっきは美雷の陰に隠れて見えなかったところで、ひまわりの花びらをカチューシャにした頭部のような花、その下半分を占める大きな口に、サメのようなギザギザとした歯をもつ植物が、こちらもふちがギザギザした平べったい葉を手のように動かしながら、茎をくねらせて楽しげに踊っていた。  さしもの一番隊隊長も後ずさる。 「ななな何だそいつは!? 見るからにヤベェ花だぞ! お焚き上げろ!」 「ダメよ、こんなにかわいらしいのに……あっ、噛まれちゃった」 「斬首刑!」  腰の刀をすばやく抜いて、じくに近い茎を一閃。美雷の手に食らいついていた花は、しばらくして絶命するとともにポトリと落ち、土の上に残された胴体もへたりと生気をなくした。  美雷は「もう」と不服そうだ。 「かわいそうじゃない、そんな風に殺しちゃ。ひどいわねぇ」 「あんたの審美眼のほうがひでえよ! つーか、あんな恐ろしげな風体してるんだから、もっと警戒しろ!」  相変わらず、彼女の感覚は意味不明だ。何からツッコめばいいのか目星がつかなかったので、とりあえず思いついたことから手当たり次第にぶつけていた。 「毒持ってたらどうすんだよ! 手ぇ貸せ! こっち来い!」  コウは乱暴に美雷の手首をつかむと、ちょうど近くにある手洗い場まで連れていった。出血もないので、傷口すらないのかもしれないが、念のため、噛まれていた辺りを水ですすぐ。 「ったく……。もし体調おかしくなったらすぐ十番隊に連絡しろよ」 「大丈夫だと思うけれどねぇ」 「大丈夫じゃなかった時のことを言ってんだよ。あと、さっきのヤツは早乙女に燃やさせる」  コウはすすぐだけすすぐと、ハンカチを取り出す美雷はそのままに、ずしずしと花壇まで戻った。そして、すでにこと切れている花の茎をつかんで、土から根こそぎ引き抜いた。美雷はその姿を見て、心底残念そうにため息をつく。 「そこまでしなくても……」 「また頭生えてきたらどうすんだよ。それに」  茎を壁際にぽいっと放り投げると、彼はそれを視線で踏みにじる。 「最高司令官に手ぇ出すヤツを生かしちゃおけねえだろ」  屍となってなお仇敵とみなすように、コウは動かなくなったオドリベトベトソウの胴体に向けてそう吐き捨てた。しばらくその残骸をねめつけていた彼は、能天気な声が何の反応も返さないことに気づいて振り返った。  美雷と目が合った。彼女は、サプライズプレゼントでも渡されたかのような表情でコウを見つめていた。 「な、何だよ」 「いいえ、嬉しいことを言ってくれると思って。コウくんが守ってくれるなら、頼もしいわ」 「は……はぁ!?」  プライドをくすぐられるむずかゆさを隠し込んで、コウは反抗的な声をあげる。 「オレだって立ちたくてここに立ってるんじゃねえんだよ! あんたが花の手入れなんて余計なことしてなかったら、この事態の収拾のためにもっと有意義に動いてるっつの!」  美雷の護衛官は霞冴だ。コウの仕事ではない。今は、花の世話がしたいと言う美雷に代わって指揮を執っている霞冴の代理を担っているだけだ。  それに、未知の敵が現れ、仲間の木雪が学院に連行されるというこの状況においても呑気に草花にかまけているような彼女とは、やはり相容れない。  ちょっと「頼もしい」という評価が聞こえが良くて、ちょっと自尊心が満たされただけで、別に彼女を守る役割を進んで全うしようなど――。 「コウくん」  抗議の途中から視線をよそにやっていた美雷に、あまつさえ遮られて、コウは不機嫌そうに返した。 「なんだよ!」 「さっきの言葉、もう一回言ってくれる?」 「はぁ!? からかうのもいい加減に……」 「私にじゃなくって、お客さんに」
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