62|学園追放

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 美雷の視線が、ひとさし指が、コウの背後を向いた。  そこでようやく、コウは二つの気配に気づいた。  身を引きながら振り返る。そこに立っていたのは、フィライン・エデンの伝統装束に身を包んだ男女。一人は灰色髪に赤いメッシュが一房入った長身の少年で、もう一人は雪のように白い髪と翡翠の瞳をもつ少女。顔は、まぎれもなく自分と幼馴染のそれ。 「どーも」  川路の前に出ながら、彼は小さく笑ってみせる。 「山戸(やまのと)のコウ。最高司令官のお命ちょーだい」  「山戸」と名乗った彼の口調は軽く、しかし口元からは獰猛の象徴たる牙がのぞいていた。  コウは舌打ちした。大変癪で、業腹だが、そう言われてしまえば口にするしかない。  コウもまた、守るべき少女の前に出て相手に対峙すると、虫の居所の悪さをぶつけるようにアンコールに応えた。 「……最高司令官に手ぇ出すヤツを、生かしちゃおけねえな」  山戸は息巻く子供を前にしたように笑うと、すぐさま地を蹴って突進してきた。構えた手刀には、すでに刃物の切れ味が宿っている。  コウは左手の親指で鍔をはじきながら素早く前に出ると、柄を握った右手で大きく抜刀。山戸の手刀と激しく切り結んだ。  ギリギリとせめぎあいながら、コウは状況を探る。 「ここにお前らがいるってことは、門番は仕事してねえってことだな」 「そう言ってやるなよ、後輩だろ」  山戸も負けじと押し返しながら、含み笑う。 「オレはお前だ。あいつらはお前と戦ったも同然だ。あいつらが敵う相手じゃねえって、お前自身がよくわかってるはずだろ」  まるで自身の力をおごっていると言われたように思えて、コウは競り合う刀にさらなる力をかけた。挑発の結果に満悦するように、山戸も同じだけの力を返してくる。  しのぎを削りあう二つの刃は、静止しているように見えて、その実、空ぶれば勢い余って相手を一瞬で引き裂くほどの力を、ただ一か所の接点を通してぶつけ合っていた。与えた力と同じだけの反作用を返してくる相手に、負けじとさらなる膂力を込め続ける両者の腕は、小刻みに震えながら拮抗状態を崩さないでいる。  たとえ実戦を想定した本気の稽古でも、女子相手、女子同士ではこうも苛烈な戦況にはならない。希兵隊最強の男同士だからこその、静かに激しい力ずくのせめぎあいだ。  足をしっかり開いて地面を踏みしめながら、コウがもう一歩探りを入れる。 「なんで時尼さんを狙う」  山戸が、逆の手で手刀の腕を支えながら不敵に笑う。 「時尼美雷はお前らの大将だ。大将であるそいつを殺せば、希兵隊の戦力は瓦解する」  ぱっ、という表現がふさわしい。突然、押し返してくる力が消えうせた。 「希兵隊の戦力が一番邪魔だからな!」  うまく刀をいなした山戸が、コウの横を通り過ぎ、美雷めがけて襲い掛かった。そろえた指先は、美雷の喉笛を鋭く狙っていた。  手刀の形をした切っ先と、爛々とした殺意を向けられて、しかし美雷は動く様子すらなかった。植木鉢の列の前、いつものように体の正面で上品に手を重ねて立っている。  山戸が消えたことで空ぶって刀を地面にめり込ませたコウは、それを引き抜くのも後に回して、山戸の背中を追った。追いつくまで走っていては間に合わない。思い切って、背後から回し蹴りを繰り出した。  足の長さが幸いした。美雷の首が血を吹き出すより先に、山戸の体を横薙ぎに吹き飛ばすことに成功した。  文字通り大将の首を取ろうとする敵さえも脇において、コウは苛立ちの矛先を、そばでおっとりと立つ味方に向ける。 「なんで突っ立ってんだよ!」 「だって、私が避けたら、お花蹴飛ばされちゃうじゃない」 「そういう場合じゃ……!」  膨れ上がりかけた苛立ちは、飛来した弾丸に穿たれてしぼんだ。執行着を通しても刺されたような痛みを腕に覚えて、振り返ると、川路が両手をかざし、流丸と呼ばれる水の弾丸を乱れ撃っていた。  続く弾が美雷を標的とした軌道をたどっているのに気づいて、コウは慌てて彼女の前に立ちはだかり、結界を張った。この程度の攻撃を防ぐ結界なら、集中することもなく片手で事足りる。  水の散弾が止んだ。すかさず結界を解くと、コウは思い切り地を蹴って、地面に刺さっていた刀を一瞬で引き抜きながら川路に肉薄した。山戸に比べて戦闘力が格段に低いとはいえ、二対一は分が悪い。  川路は攻撃していた手を口元に当て、「ぁ」と怯えた表情を見せた。そんな様子にさえ苛立たされながら、コウは容赦なく刀を縦に薙いだ。  一瞬後、横に薙いでおけばよかったと後悔した。  左手から疾走してきた山戸が、ほとんど速度を緩めることなく川路をすくいあげ、そのまま右手へと抜けていったのだ。コウの斬撃は、むなしくその残像を斬るのみだった。  漢靴の底を地面に滑らせて静止した山戸は、腕の中の少女をのぞきこむ。 「大丈夫か」 「……うん」 「ごめんな、目を離した隙に」 「大丈夫。助けてくれるって、信じていたから」  そんなやりとりをしながら、山戸は壊れ物を扱うような手つきで、川路をそっと地面に下ろした。そして、急降下した温度の目で、コウに侮蔑するような視線をよこす。 「そっちのルシルと同じ顔してんのに、よく斬ろうと思えたもんだ。ずいぶん軽薄な絆だな」 「逆だ」  とてつもない侮辱を目の当たりにしたような屈辱感に、吐き気さえ感じながら、コウが気色ばむ。 「大事だから……あいつが大事だからこそ、偽者が歩いて回ってんのは許せねえんだよ。……それに」  怯えたように山戸の後ろに隠れる白いルシルを、コウは不倶戴天の敵と見据える。 「嫌だろうよ。自分が忌み嫌う自分を目の当たりにするのは、誰でもよ」
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