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コウが地を蹴る。山戸も、川路を下がらせて駆けた。ちょうど中央で激突した二人は、刀と手刀で激しく火花を散らす。
コウの得物は刀一振りだが、山戸の武器は両手の手刀。その気になれば足も使える。できるだけ四肢が死角に入らないようにして、相手の攻撃を防ぎながら致命傷を狙うのが吉だ。
入隊して初めて剣術を学んだコウは、そこまで腕が立つわけではない。ダークのような動きの鈍い相手ならともかく、俊敏な敵に対しては刀で立ち向かうのはやや不利だ。だが、それを悟られるのは悪手だろう。
奮闘するコウに、美雷がのんびりと呼びかける。
「猫力、解放しないの? コウ君、剣術そんなに上手じゃないでしょ」
「敵の前でそれを言うかあんた!」
考えているそばから、あっさり弱点をさらされた。この司令官はいったいどういう神経をしているのか。否、もしかすると、相手がコウ自身である以上、それはすでに見抜かれていたのかもしれない。
とかく、その一瞬にコウに動揺が生まれたのは間違いなく、山戸は口の端をつりあげて、不意打ちの掌底を叩きこんできた。辛くも鍔で受け止めることに成功したが、勢いは殺せず、大きく後退することを余儀なくされる。
だが、こうなれば今がチャンスだ。美雷のすぐ手前まで下がったコウは、空いた距離を埋められるよりも前にと、みぞおちに右手を当てて呼吸を整えた。
当然、敵は待ってはくれない。山戸は手刀を構えて、突っ込む勢いで向かってくる。
準備が整ってから動き出しては間に合わない。コウは、左手に持った刀を前に掲げながら、呼吸と心の波長を合わせた。
手刀が刀を弾き飛ばす。刀はくるくると回転しながらあらぬところへ飛んでいき、ずいぶんな距離の向こうに落下した。
山戸は再度、その手を振りかざした。武器を失ったコウの左手を、そのまま切り落とす腹づもりだ。
刃物と化した山戸の右手が、生身の腕に迫ると同時。
「封印解除ッ!」
冷たい金属音が響き渡った。
左腕を振りぬくと同時、凶刃は薙ぎ払われる。
山戸は一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに次の動きに移った。
彼の目標はあくまでも美雷だ。巧みな足さばきで体を回転させながら、コウの向こうの美雷へと凶器を向ける。その手首がすかさず押さえられたかと思うと、右目に向けて突き刺すようなコウの手刀が迫った。首を振ってそれを避けた山戸は、上から押さえられた手を自由の利く水平方向に抜くと、コウの腹部に重い掌底を叩きこむ。苦しげに空気を吐き出して姿勢を崩すコウを乱暴に押しのけると、山戸は美雷の正面に立った。
やはり微笑を浮かべたまま微動だにしない彼女の細い首を、渾身の鋭利さを宿した右手が水平に薙ぐ。斬首刑を告げる剣先のごとき指先は、やにわにバランスを崩し、美雷の首の皮一枚手前をかすめて過ぎ去った。たたらを踏んだ山戸は、足元をすくった相手を振り返って、舌打ち。
「足癖悪ぃんだよ」
「手癖の悪いやつに言われたくねえ」
すんでのところで足を払ったコウは、即座に体勢を立て直した。山戸の貫手が、その喉を狙う。コウは防御姿勢も取らず、先制攻撃にも出ず、その一撃を待ち構えた。
首元という標的は細い部位である以上、いくら狙う側が正確でも、避けられれば空振りに終わる。胴体とは違い、外したが別の個所にヒットした、ということにはならない。
だから、ギリギリまで引き付けて、視界に映りにくい足の動きでかわす。切り裂かれる空気の圧がピリピリと首筋を震わせるのを感じながら、コウは相手の襟首をひっつかんだ。そのまま、山戸の重心の動きに乗せて、自身を支点に背負い投げる。
為す術もなく地面を転がった山戸を、しかし追撃することはしない。この状況下で次に何が起こるかは、さっき学習した。
顔の向きは変えないまま、バックステップする。案の定、目と鼻の先を水の弾丸がかすめていった。
やはり、この戦況へ来ると川路が遠距離攻撃を仕掛けてくる。そこは、先程と同じだ。だが、状況は一点だけ違う。
一度目は、コウは一振りの刀のみを頼みに戦っていた。それしか有効な武器がなかった。
だが今、刀と引き換えに手にした武器は、金属の性質を宿せるこの四肢の全て。そして、源子から生成できる全てだ。
「ッ!」
起き上がった山戸が目をむいた。コウが源子から生成したいくつものクナイが、空中で一様にパートナーに切っ先を向けているとあらば当然の反応だ。
「させるかッ!」
鬼神のごとき剣幕で、山戸が飛びかかってくる。だが、防御も護衛も捨てたコウは、彼へは目もくれず、左手の刀印を鋭く川路へと向けた。
召喚した十足らずのクナイが、主の指示に従って滑空する。同時、横から伸びてきた手がコウの胸倉をつかんだかと思うと、鉄の膝蹴りが彼の体をくの字に折った。
「ぁ、ぐ……!」
みしみしっ、と骨の軋む音。ガードを捨て去った状態ではさすがに踏ん張り切れず、衝撃のままに地面に倒れ込む。
ダメージを食らったコウ、すぐそこに立つ美雷。その気になれば、山戸はコウにとどめを刺すまでもなく、その体を踏み越えて美雷の首をはねられた。
だが、コウの予想通り、そうはならなかった。
「ルシルッ!」
必死に叫びながら、山戸が遠方の川路に駆け寄っていく。差し向けたクナイのいくつかが命中したらしく、小さな体はさらに小さくうずくまっていた。
彼女が攻撃を受けた場合、偽者の自分は必ず、他の全ての優先順位を地に叩き落して駆け寄る。その行動方針を読めたのは、他でもない。
かつての――ルシルがまだ姫だった頃の自分なら、そうしたからだ。
だから、半身を起こしたコウが驚愕に言葉を失ったのは、また別の理由によるものだった。
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