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薄暗い路地裏、袋小路。
人払いの術が常時かかっている状態なのか、人間は無意識に避け、動物たちは本能的な警戒心から近づこうとしないその奥に、異世界への扉はある。
大きめのマンホールのような円からは青白い光が常時漏れており、足を踏み入れれば燐光があふれる。眩さに目を閉じ、そのまぶたを再び開けた時には、もう一つの世界が視界いっぱいに広がっていた。
まるで祀られているように四辺を紙垂のついた柱で囲まれたワープフープは、小高い芝地にあるため、絶景というほどではないものの、一帯の町が見下ろせる。さっそく長い階段を降り、通りに出ると、 舗装されていない土の道沿いに、ぽつぽつと家屋が並ぶ風景に迎えられる。
昭和レトロにも見えるが、建物同士の間隔がそれほど詰まっているわけではなく、電柱や電線もない町並みは、どの地域、どの時代を探しても人間界で同じものを見つけることは困難だろう。人間界の知識で例えるなら、ロールプレイングゲームに出てくるシティやらタウンやらを三次元に起こせばこんな感じだろうか、という地理だ。
希兵隊の本部は、ワープフープから二十分ほど歩いた場所にある。前世代的な家屋が多いフィライン・エデンでも、もう一時代さかのぼったような建物の集合体がそれだ。
黒い瓦屋根に鼠色の石壁の平屋が、要である中央隊舎を囲むようにいくつも立ち並ぶ。それらの中の一つが、道場だ。
雷奈ほど上手く猫術を使えなかった氷架璃と芽華実は、たびたびここで隊員に特訓に付き合ってもらっていた。そのため、武道経験のない二人にとっても、体育館に似て非なるこの建物は、すっかり珍しい風景ではなくなっていた。
「正門を通してくれた子によると、道場にはルシルとコウがいるんだよな」
「霞冴は運動場って言ってたったいね。まあ、一対一の稽古だとすると、三人いても一人が暇しちゃうけんね」
「それにしても、やっぱり門番の子も、ちょっと微妙な顔してたじゃない」
本部の門には、面識のない隊員が二名、それぞれ人間姿と猫姿で立っていた。彼らに、ルシル達に会いに来た旨を伝えると、「今は稽古中みたいですけど……」と戸惑い気味に答えられた。それでも入れてくれないわけではないようで、中に通されたものの、顔を見合わせて躊躇するような二人の様子が、少なくとも芽華実には気にかかった。なぜ戸惑うのかはわからないまま、足は進めるのが雷奈、毛ほども気にしないのが氷架璃である。
道場は、正門から見て奥のほうだ。手洗い場がある他は木々が立ち並ぶだけの道場裏へと回ると、開け放たれた大扉から、稽古の様子が聞こえてくる。木刀の打ち合う音、足が床を打つ振動、残響。間隔を開けず、せわしなく続けざまに聞こえてくるところからすると、彼ら二人以外にも稽古に励む者がいるのかもしれない。
「なんてからかってやろうかね。『ルシル、それ以上頑張ると背が縮むぞー』ってか?」
「低身長同盟の私がそれは断固反対するったい。人権侵害ったい」
「そこまで!? じゃあ、とりあえずコウにはシャトルランの新記録を出させてやろうか」
「かわいそうよ……前に二〇〇回以上走った後、しばらく話すこともできないくらいヘトヘトだったじゃない……」
「つまんねーの」
唇を尖らせる氷架璃とともに、二人も大扉の前へと足を運ぶ。縁側のように二段ほど高くなっているそこへ上り、靴は履いたまま上半身だけ中へのぞかせた。
「うーっす、チャチャ入れに来……」
そんな氷架璃ののんきな第一声を、激突した木刀の鋭い叫声が一喝した。
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