これからもよろしく

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   アトリエって呼んでる部屋の玄関扉を開けると、油絵具特有のペチャってした匂いが鼻をついた。 「父ちゃん、いらんもん頂戴ー!」  夕日が差し込む部屋の中で、絵を描いていた父ちゃんが振り返る。 「どないした?」 「母ちゃんがな、フリーマーケットやるって言うから。わいも、何か売るもん欲しいねん」 「フリーマケット? ああ、蚤の市か」 「蚤の市?」 「そや、アンティーク品とか売るんやろ?」  アンティーク? わいの服はアンティークっていうんか? 「たぶん、それやと思う。母ちゃん、アンティークいっぱいダンボールにつめとった」 「そか。懐かしいなー、パリ行ってた時にはよくヴァンヴの蚤の市に行ったもんや」 「バンブー?」 「そういう場所で毎週、蚤の市が開かれてるんや。専門店から、いろんなもん売ってるお店まで、変なもんいっぱい売ってて宝探しの様で楽しいで」  父ちゃんは「ほら」と行って棚に飾ってあったキラキラそして羽のついた仮面を手に取った。 「仮面舞踊会の仮面。おもろいやろ。これもそこで買ったんや」 「おもろいやろって……」  わいはただ気味が悪かった。 「楽しかったわー。ヴァンヴ。また行きたいなー」  そのあとも、しばらく父ちゃんはパリでの思い出を話した。 「まあ、ええわ。ダンボールある?」 「そこにあるやろ」  わいは父ちゃんが指差した部屋の隅から段ボールを取り出し広げた。その中に仮面を入れる。 「まてまてまて、この仮面はあかんでー。父ちゃんの大事な宝もんや」 「えっ? これが?」  父ちゃんが仮面を棚に戻す。代わりにわいは棚からアラジンのランプの様なもんを取ってダンボールに入れた。 「あかん、あかん。それも大事。ちゃんと使えるんやで」 「えっ? だってコレ、つこたとこ見た事ないで」 「ええんや」  と言って、父ちゃんはランプの埃をふっと吹いて優しく撫でた。もちろんランプの精は出てこんかったけど、父ちゃんは満足そうやった。 「夏生も大事なもん、棚に飾ってるやろ」 「え、まあ……」  わいの棚の上には、誕生日に買ってもらったブルートレインの車両と、じっちゃんに買ってもらったD51のプレート、そして友達かっちゃんのからもらった手作りの車が置いてあった。大事なもんや。  だけど、それと父ちゃんのこれがおんなじぐらい大事なもんやとは思えんかった。それにおおすぎやろ。 「こんなけあったら、いらんもんのいっぱいあるんちゃうの?」 「ないない。どれも父ちゃんの宝もんや」  わいは、棚の片隅にあった、東南アジア系のちょっと不気味な置物を手に取った。黒光する髭の生えたおっちゃんの置物、顔とアンバランスな体。ぶ、不気味や…… 絶対、いらんやろ。と思ってると、その目がギロッと光った様な気がした。なんか心を読まれた様な気がして怖くなり、そっと棚に戻す。 「なんでこんなん買ったん?」 「うん? それは…… 忘れたなー。なんでやろな。なんかひとつポツンと置いてあってな、そんでなんとなく手に取ったんや」  なんかこの人形すごくバランス悪い。少し傾いとうようにも見えるし。だから、一個ポツンとあると、なんかすっごい気になる。 「別に理由ないやん。それやったら別にいらんのちゃうん」 「うーん。でも、なー。なんだかなー……」  父ちゃんは、その不気味な木彫りの置物を手に取った。その瞬間、ガチャっとでっかい音がして、わい飛び上がってもうた。その音は玄関が勢いよく開いた音で、すぐに母ちゃんがダンボールもってやってきた。 「なんや、母ちゃんか。ビックリしたなー、もー」 「どないしたんや、お前も?」 「せっかくのええ機会やから、ここも綺麗にして片付けましょ」 「え?」 「処分、処分」 「ええ?」  と驚く父ちゃんをよそに、母ちゃんは容赦無く、父ちゃんの手から木彫りの置物を奪うと段ボールの中に放り込んだ。 「おい!」
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