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一通り写真を撮り終えて納得し、橋田雅史はカメラを下ろす。
予測通り、藤枝は相変わらずの落ち着き無さでイイ感じの慌てっぷりを見せてくれた。あの動画が撮れたので、かなり満足だ。
なんて思ってると、抑えた声が耳に入る。
「そろそろ時間です」
「もうちょっと」
と、にこやかに声を返してるのは姉崎だ。そろそろ戻らなければならないらしい。
たぶん秘書とかそういう人なんだろう、真面目そうな男性が抑えた声で言ってる。
「しかし旭川空港のタイムテーブルが……」
「あと三十分くらい大丈夫でしょ。直前に飛び乗っちゃえばいいじゃない」
「しかし早めに空港に入りませんと」
ずいぶん無茶なこと言ってるようだけど、あくまで姉崎は朗らかだ。
「そこら辺、うまくやってよ」
「セキュリティの問題があります。そこは無視できません」
「じゃあ二十五分。久しぶりの同期会なんだよ。ね?」
「それは……」
「それくらい、うまくやって。ね? できるよね?」
秘書の人は、眉ひとつ動かさず頭を下げ、少し離れて携帯を耳に当ててる。それを見てる姉崎は、ずいぶんな無茶を言って困らせてるくせに、むしろ愉快そう。
コイツの秘書とか大変そうだなあ、なんて少し同情しつつ、取材の目をしっかり向け声を返した。
「なんか慌ててるよねえ」
「……きみ、藤枝くんに対しては本当に意地が悪いよね」
「なにが?」
なかなか直接逢えなくなっているので、こういう機会を逃さず取材したい。橋田にとって、この場で何より優先すべきは取材だ。
「僕はちゃんと過去を謝罪したじゃない。藤枝はそれを受け容れた。なんの問題も無いよね」
フフッと笑う姉崎を横目で見る。
相変わらずだが、コイツは露悪趣味なだけで、実のところそこまで黒くは無い。理由は不明だが『良い人』的に思われるのを避けている節がある。
今だって取り囲まれてた人たちを振り払ってこっちに来たのだから、会いたいと言っていたのは本当だったのだろう。
「ていうかさあ、僕は確かに意地悪言ったかもしれないけど、藤枝もそうとうだよ?」
「藤枝くんの意地が悪いなんて、思ったこと無いよ」
「そうじゃなくてさ」
チッチッチッと舌打ちし、ニッと笑った姉崎は、プラスチックカップのビールをうまそうに飲んだ。
「僕が適当なこと言ったのって、八年くらい前だよね? なんでここまで気づかないかな? 思い込み激しすぎ。そっちの方がおかしいって」
「まあ、確かに」
苦笑しながら頷き返した横で、水無月奈々がクスクス笑った。
「みんな、意外と分かってないんだね」
横目で見ると水無月は得々とした顔で笑んでいる。大学で講師をしてるせいか、時々こういう分かったような顔で偉そうに話すのだ。
「……きみのそういう所、どうかと思うね」
「だよね~、水無月ってキツいよね~」
フフフと笑う姉崎に、彼女はツラッと言い返す。
「言ってイイ人とダメな人は選んでます。姉崎くんは言って良いヒト」
なんとなく、無表情のままイラッとした。
「藤枝くんのはね、ただの意地っ張り」
「……いじ……? なんだって?」
思わず問い返す雅史に、彼女はニッコリ笑い返してくる。
「意地っ張りなんだよ、藤枝くんは。誰がなにを言おうと聞く耳持たない」
「ふうん。つまり、ただのバカだから、じゃないって?」
姉崎は興味深そうに目を細める。彼女は少し声を潜めた。
「きみたち、不思議に思ったことない? 藤枝くんって大学時代から友達多くて、後輩にも慕われてたよね? 寮の会長までやって、色々改革した。賢風寮ってあの時代に変わったことが今も継続してるわけじゃない。つまり彼には能力がある。さらに人望もあるのに、どうしてあんなに自己評価が低いんだと思う?」
「ええ~? まさか無自覚ってだけじゃないって? 意識して自覚しないようにしてるってコト?」
ありえない、と両手を広げる姉崎に、彼女は『よくできました』といった顔で頷いた。
「うまく立ち回って自分が得することなんて頭に浮かばない、まずやっちゃいけないことを先に考える。わたしが告白したときもそうだったけど、ほんと馬鹿正直っていうか。自分にできることより、できないことを先に考えちゃうんじゃないかな。だから無理だって決めつけて、そこで思考停止する」
「なにそれ。やっぱり馬鹿なんじゃない?」
「そうかな。ソコが良いなあって、わたしは思うけど」
「水無月」
調子に乗ってるな。眉寄せて低い声出すと、彼女はクスッと笑った。
「雅史の他にも好きな人なんて沢山いるよ。いつも言ってるでしょ」
彼女のセリフに姉崎がヒューと口笛を吹いた。
「カッコイイねえ」
「姉崎くんと一緒にされると困るなあ。誰でも良いわけじゃないんだから」
「僕だって誰でも良くはないよ~」
朗らかに返った声に、思わず横から声を挟む。
「きみ、もう帰ったら?」
秘書の人が時計とコッチをチラチラ見てるし、本当に早く帰って欲しい。
「藤枝くんは、自分が無条件に愛されてると感じても、自分が優れてるからなんて思わない。周りがそうしてくれてる、恵まれてるって思い込んでる。二人で話したとき、素直に自分を認めてあげればいいのにって言ったんだけど、まったく聞く耳持たない感じだった。あれは意地張ってるんじゃないかな?」
「やっぱりただのバカなんじゃない」
混ぜっ返すような姉崎の笑いの乗った声をサラッと流し、彼女は雅史を見た。
「わたし最近思うんだけど、求める気持ちの方が受ける事実より強い状態を片想いと定義するとね、みんな多かれ少なかれ、なにかに片想いしてるようなものなんじゃないかな? 対象が人間じゃなくても、ひとはみんな、なにかを欲して、それを手に入れるために生きている、てことになるのかなって」
「確かに言えるね。それが欲望ってモノじゃないかな」
そのまま論理展開に走り出そうとした恋人たちの間に、嬉しそうな姉崎の声が入った。
「ねえ、じゃあ人が永遠に片想いするモノってなんだと思う?」
「それは人類全体における命題的なもののこと?」
「いやあ、そんな哲学的な話じゃないよ。もっと即物的な」
「それは個々によって差違があるんじゃ無い?」
「ふうん。じゃあ水無月にとっては?」
意味深に笑みを深め、彼女は言った。
「それを君に教えるメリットはあるのかな?」
「……きみ、面白いね」
「ちょっと」
なにげに彼女の前に腕を伸ばす。
水無月は普通に魅力的だし、コイツに興味もたれたくない。
元々好奇心旺盛だった水無月は、色んな人と交流して、どんどん見聞広め、知り合いも多岐に渡っている。そういうのは全部教えてくれるし、良い情報ソースだと思ってはいるから、ソコに不満があるわけじゃ無い。ただ姉崎は不特定多数の女性とセックスしてることを全く隠してないのだ。
そこへ控えめな秘書の声がかかった。
「本当に時間です。お願いします」
「はいはい」
面倒そうに応じ、「じゃあみんな、またそのうち」姉崎は急かされて車へ向かった。無表情にそれを見送っていた雅史は、内心ホッとしていたのだが、彼女にニッコリ笑いかけられて、
「なにかな」
少し眉が寄った自覚も無く声を返す。
「心配しなくても、雅史以外とセックスはしないよ」
「……そういうことは言わなくてもイイよ」
そんなことは分かっている。彼女は賢いのだ。後々自分が損するようなことはしない。自分といることは、彼女にとってかなりメリットがあるということは、よく知っている。
クスクス笑って、彼女は雅史に流し目を寄越し、呟いた。
「雅史も片想いすれば良いのよ。わたしに」
クスクス笑い続ける水無月奈々を横目で見ながら、ため息混じりの声が漏れた。
「なるほどね。人類みんな、片想いか」
すっかり結婚披露宴と化した会場の主役カップルを眺めながら、雅史も呟いた。
冷やかしたり囃したりされるたびに、片方がいちいち飽きない反応を返し、もう一方は緊張でもしてるのか、非常に怖い顔になって微動だにしない。
相変わらずな二人の様子を、微笑んでしまいながら見つめるのだった。
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