陰口提供屋

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「それで、なぜ自首を?」  白を基調とした薄暗い狭い一室で俺を含む三人の人物が椅子に座っていた。  一人は俺の前で尋問を行う女性の刑事さん。ショートヘアに華奢な体つきは来ているスーツにうまくフィットしていた。  そしてもう一人は、尋問のログを取るこれまた女性の刑事。金髪のミドルヘアをポニーテールにしている。スーツではなく白衣を着飾る姿は刑事というよりは研究者と言ったほうが頷ける。  ログひとつ取るのに人手がいるというのはリアルワールドの悪いところだ。アナザーワールドならば、常時システムがログをとってくれている。  とはいえ、ログ取りの刑事さんの手があまり動いていない様子から察するに人工知能によって音声データを文字に変換しているのだろう。彼女はその動作の確認をしているのだろうか。全くもって意味の感じられない役目だ。  まあ、それは俺も同じか。  高橋 杏里の陰口を提供してから一ヶ月後、彼女は自殺した。家の風呂場で手首を切って倒れているのが見つかったらしい。  その訃報を聞いた時、俺は真っ先に自分が彼女を殺したと思った。  まさか陰口を提供したからと言って、人が死ぬなんて思いもしなかったからだ。ただ、この事件をきっかけに俺は過去に提供した人物のその後について調べてみることにした。  すると、その数パーセントは不幸なことに巻き込まれていた。自殺はもちろん、いじめや性被害など様々な事件の被害者になっていたのだ。  世界をクリアにするための行いが、より世界を暗黒に導いていた。その事実を知った時、俺は自首を決意した。 「自分の行いが世界に悪い影響を与えていたことに気づいたからです」 「なるほどね……わかったわ。取り調べはこれで終わり。あなたの場合、自殺関与よりはアナザーワールドのセキュリティに不正アクセスしたことが問題になりそうね。おそらく在宅事件として扱われるでしょうから、しっかりと日常生活を送って、裁判に臨みなさい」  女性の刑事は椅子から立ち上がり、取調室を出ていく。続いて白衣を着た彼女が席を立ち上がった。 「取り調べは終わりだ。さっさと出ろよ」    俺に一言おいて、彼女もまた出ていく。何だかログをとっていた彼女の方が偉そうに感じられた。そんなどうでもいいことを思いながら彼女に言われた通り無気力に椅子から立ち上がる。取調室の小さな窓から流れる白い光がなんだか鬱陶しかった。
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