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家に帰ったのはいいものの特に何もやることはない。というよりは何もしたくない気分だった。椅子に深く座りながら目の前にある四つのスクリーンに目をやった。スリープモードにしているためスクリーンは暗いままだ。ガラスに反射して俺の顔が映し出されている。
自首を決意して、昨夜は一睡もできなかったからか目元にはくまがある。
ひとまず、これからどうするかは寝てから考えよう。腐った脳では何もアイディアが浮かびはしない。椅子から立ち上がり、ベッドの方へと足を運ぶ。
すると、インターホンが鳴った。
眠りを妨げられたことに苛立ち、反射的に舌打ちしてしまう。このまま無視するのも一つの手だが、万が一刑事さんだった場合に面倒なことになる。
仕方なく足先を変え、玄関の方へと歩いていった。
ドアの穴から外の様子を見る。目に映ったのは金髪の白衣を着た女性だった。無視しなくて良かったと心の中で安堵する。
「何かご用ですか?」
ドアを開けて応じる。女性の刑事さんは微笑みながら手をあげ、挨拶した。
「さっきぶりだね。暇なものだから君のところに来てみたんだ」
「暇って……ちゃんと刑事の仕事をしてくださいよ。事件はたくさん起こっているでしょうに」
「私には関係のないことだ。刑事でもないからね」
女性は意味のわからないことを言う。先ほど取り調べに同行したのに刑事ではないとは。
「じゃあ、あなたは何者なんですか?」
「しがない探偵さ。刑事課に赴いて幼なじみと話していたところに君が自首しに来たからね。私も同行させてもらったんだ」
「それ、大丈夫なんですか?」
「バレなきゃ平気さ。それにバレても責任を取るのは桔梗だからね。私には関係ない」
目の前に映る彼女はとんでもない人間だった。できれば今すぐにでも、扉を閉めて部屋に戻りたい。そっと扉を閉めようとすると彼女はドアを掴み逆方向へと引っ張る。力は彼女の方が強く、すぐにドアは開かれ、彼女は中に入ってきた。
「不法侵入です。警察呼びますよ」
「アナザーワールドのセキュリティに不正アクセスした君と同罪だな」
彼女の言葉に俺は思わず口を噤んだ。この人は何を言っているのだろうか。
「一体、ここに来て何をするつもりですか?」
「君の行っていた不正アクセスについて今ここでやってみてくれないか?」
「はあ。自首した手前でできるわけないでしょ」
「まあまあ。私に脅されたと言ってくれれば、それでいいさ」
「……さっきの件があるから怪しいんですよね。何も知りませんはなしですよ」
「もし、不審に思うなら動画を撮ればいい。そうすれば証拠になるだろ」
俺は彼女を訝しく覗く。まさか自ら首を絞めるようなことを提案するとは。ただ、彼女の瞳を見る限り、怪しい様子は一切ない。彼女から感じられるのは『興味』や『好奇心』といったものだった。
「わかりました。ついてきてください」
「物わかりが良くて助かる」
そう言うと彼女は靴を脱ぎ、部屋へと上がる。今日会ったばかりの人間の部屋にも躊躇なく入るなんて彼女のパーソナルスペースはどうなっているんだか。
探偵さんを連れて自分の部屋へと入っていく。俺は探偵さんに言われた通り、スマホを使って動画を撮影する。
「キッチンはどこにある?」
「何しにいくつもりですか?」
「包丁を首元につけてあげた方が脅した感が出ると思ってね」
「自分の罪を重くしてどうするんですか……」
ほんと何を考えているんだか。彼女の思考に全くついていくことができない。馬鹿と天才は紙一重というが、彼女は明らかに馬鹿側の予測不能な思考の持ち主だ。
小さくため息をついて、パソコンのスリープを解除する。
「それで不正アクセスするのはいいですけど、アクセスしたら何をすればいいんですか?」
「おっと、そこまで考えていなかった。じゃあ、私の陰口を検索してくれ」
「わかりました。名前と誕生日を教えてください」
「織本 香織(おりもと かおり)。10月29日が誕生日だ」
彼女からいただいた情報を脳にインプットし、まずはアナザーワールドのセキュリティへと入り込む。ここは注意して行う必要がある。スクリーンに並ぶコードに目を注ぎながらキーボードを叩く。
探偵さんは物音ひとつ立てず、後ろで見守ってくれている。閑散とした部屋でキーボードの音が奏でられる。いつものようにセキュリティを軽々突破すると、先ほど脳にインプットした情報を打ち込み、探偵さんの特定にかかる。
「アナザーワールドを構築するエンジニアから君のアクセスはバレないのか?」
「そんなヘマはしないですよ。俺のパソコンのセキュリティを甘くみないでくれますか?」
「なるほど。防御がしっかりしているからこそ、攻撃も強いということか」
短いやりとりをした後、探偵さんの情報が掲示される。そこから彼女の関係者に焦点を当て『織本』や『香織』で検索をかけた。すると、数多くの検索結果が表示された。
「めちゃくちゃ噂されていますね。それも全部悪い噂だ」
それもそうか。先ほど無理やり部屋に入ってくるほどの横暴を見せられて、彼女にいい噂が立つとは到底思えない。
自分が招いたこととはいえ、後ろの彼女の情報を検索するんじゃなかったと後悔する。この惨事を目の当たりにして彼女はどう思うだろうか。
「んー、案外悪口は少ないようだな。予想外なのは、桔梗がこんなにも悪口を言っているくらいか。まあ、迷惑かけているからしょうがないっちゃしょうがないか」
探偵さんは全く動じることなく、冷静に画面を覗いていた。流石は横暴な態度を見せるだけあって、鋼のメンタルだな。
「それにしても、私が見込んだ通り、いい手際の持ち主だね。なあ、君に頼みたいことがあるんだが、ちょっといいかな?」
探偵さんは画面に向けた顔をこちらに向ける。彼女の瞳から感じられるのは『期待』だった。一体俺の何にそんな期待しているのだろうか。なんの話をするのかと首を傾けていると、彼女は笑顔で口を開いた。
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