旅立ち、あるいは序章

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 やがて、通路の先に念願の出口が見えた。入ってきたときと同じように、四角く穴が開いている。 「見て。みことちゃん、出口だ」  穴の向こうが薄ぼんやりと明るんでいるのを確認すると、ほっとしてまゆは走るのをやめた。みことちゃんも、並んで歩き出す。窪みの最後の明かりが静かに消え、振り返ると後方の通路は暗闇のなかに沈んでいた。  出口に近づくにつれ、その先の様子が見えてくる。  通路から出た二人は、呆然と立ち止まった。  地面が、すぐそこで途切れている。  学校の階段の踊り場くらいの、狭い岩場だった。頭上のはるか高い場所から弱い光が落ちている。それ以外は、前方も、頭上も、そして岩場の下も、はてのない闇だった。  まゆは言葉を失くした。出口だと思っていた場所が、行き止まりだったのだ。もうどうしていいかわからない。何の明かりもなく、真っ暗な通路に戻る気にはとうていなれない。  ふいに、みことちゃんがふらふらと歩き出した。出っ張りの先まで行き、しゃがみこむ。 「どうしたの? 危ないよ」  まゆの声など聞こえなかったかのように、みことちゃんは膝をつき、出っ張りの下だか、あるいはどこだかしれないところをじっと見ている。 「みことちゃん?」  呼びかけにも、みことちゃんは微動だにしなかった。 「ねえ、みことちゃんってば」 「……おなかすいたね、まゆちゃん」  ぽつりと、か細い声で、みことちゃんがつぶやくように言った。唐突で、なんだか場違いな言葉のように感じたけれど、返事がないよりはずっとよかった。 「そうだよね。みことちゃん、お昼ごはんまだなんだもんね。早く家に帰らないと」 「まゆちゃん、この下、真っ暗なの」  またしても、唐突だった。真意がつかめず、まゆは戸惑いながら、ほんの少しみことちゃんに近よった。まゆは怖くて、みことちゃんのように出っ張りの先までは行くことができない。 「うん。真っ暗。どうしよう、これから」  辺りを照らす弱々しい明かりは豆電球ほどの乏しさで、この空間の全貌をうかがい知ることはできなかった。たった今出てきたはずの四角い穴でさえ、少し離れただけで不確かになる。 「ここから飛び降りたらどうなるかしら」  ふいに、みことちゃんがもらした言葉に、まゆの心臓は跳ねた。  言葉どおり、みことちゃんの小さな後ろ姿が、今にもこのまま暗闇の中へ消えてしまいそうに思えたからだ。  その不吉な気配は、まゆの背筋を震わせた。 「どうにもなんないよ。下に何があるかわかんないし。そんなの絶対だめ」  気が急いて、まゆは衝動的に首をめぐらせた。早く、どうにかしなくちゃいけない。この状況を乗りこえる何か。みことちゃんを引き戻す、何か。  まゆは出てきた四角い穴の辺りまで戻り、ごつごつとした岩肌の壁沿いを丹念に探った。 「みことちゃん、見て。階段がある」  岩場の端から、壁に沿って階段が上っていた。薄暗かったせいか、それまでまったく気づかなかった。でももしかしたら、今この瞬間に現れたものかもしれない。現実にはありえないことだけれど、この不思議な通路に入ってからはそういうことばかりが起きている。  階段は、幅も狭く、手すりもない粗末なものだった。でもいったん認識すると、弱い明かりとはいえはっきりと上に向かって続いているのが確認できる。もと来た通路に戻るよりよほどマシだとまゆは思った。 「行こう、みことちゃん」  まゆの呼びかけに振り返ったみことちゃんは、眉をよせて不満げな顔をした。 「ここを、上るの?」 「上るしか、ないよ」  力強く、まゆは言った。それは、自分に言い聞かせるものでもあった。  そう、もう上るしかない。進むことのできる道があるということは、きっとそういうことだ。 「ね、行こう」  みことちゃんはうつろな目で階段の行く手を見上げていたけれど、やがて重々しくうなずくと、緩慢な動作で立ち上がった。  
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