複製

2/5
前へ
/5ページ
次へ
 彼が本当に好きなのは、私ではないのかもしれない。そう思うとやりきれない。一番「それ」に近かったから私が選ばれただけで、ここにある「私」という人間自体にはそれほど興味などなかったのかもしれない。だとしたら私じゃなくても彼を満たせてしまうということになってしまう。  納得ができない。私は彼にもっと好きになってもらいたかったからこそ、彼の理想に近づこうとした。しかしそれで「好き」のレベルが上がるのは、私ではなく過去の女だというのなら話は別だ。黒髪は今すぐコミケのコスプレイヤーが被るウィッグみたいな原色に染めるし、ほぼ穿いている意味がないくらい短い丈のスカートに着替えて、デコピン一発で脚が開放骨折しそうなくらいガリガリに痩せてやる。  私はそれまでの人生でペタペタと手でかためていた「私」の薄皮を惜しげもなくビリビリと剥がして、代わりに「彼が好きだった人」という壁紙を貼りつけてきた。その結果が今、鎖骨のあたりで毛先が遊ぶ黒髪姿でスキニージーンズを穿き、彼が好きで今は私も好きになったアーティストのツアーTシャツを身にまとっている私の姿。  彼の前を通り過ぎていった元カノ達にだんだんと似てきた今の私は、もはや亡霊と言ってもいいのではないか。成仏とか絶対してやらないけど。  ここまで来れば一蓮托生、彼とともに天寿を全う……あーだめか、彼はともかく、私はもう半分死んでるようなものだから。だったら呪うほうにシフトしましょうか。私だけバファリンみたいに半分だけ死んでるのは納得いかないから、いっそ二人で全部死んで――まで考えたところで、チャイムが鳴った。  ドアスコープを覗くと、私と同じTシャツを着た彼が、何も知らずに突っ立っていた。何も知らない相手に何かを教える瞬間こそ、一番生きている実感がわく。  せっかく着替えたばかりなのに、背筋にひとすじ、汗が伝ってゆくのを感じた。緊張なのか興奮なのか分からない。ドアチェーンを外すのに手間取りつつ、私は彼を部屋に招き入れた。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加