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――氷雨は、嫁にでも行ったほうがいいのではないか。
人通りの多い道を避け、山の麓に行く。山をのぼりながら、今朝がた、兄弟子たちに言われたことを思い出した。
――いやです。武士として、生きていたいのです。
そう答えた。
そもそも、自分のように血に濡れ、戦で刀をふるってきた女を、だれがもらってくれるというのだろう。かつて、武士が誉れを誇っていたときであれば、武士の家に生まれた娘として、もてはやされたかもしれないが、いまでは忌々しい娘としか思われないはずだ。
山の開けた野に行き着くと、彼岸花が咲き乱れていた。氷雨は刀を抜いた。いまでも手入れを怠っていない白銀に輝く刃が、花の赤を映し出す。
目を閉じれば、感覚が鋭敏になっていくのがわかった。
ひら、と葉の落ちる気配に、刀をふるう。両断された葉が土の上に舞い落ちた。一度、二度と、空気を切り裂くように刀を滑らせ、足を運び、呼吸する。
宮中にいるより、町にいるより、こうして山で鍛錬しているときが好きだった。刀を握っていないと落ち着かない。ここ数年はそうして生きてきたのだから、急に刀を棄てろといわれても、うなずけるわけがないのだ。
いまの世の、武士の扱いはあんまりだ。
と、そのとき。
背後で動く気配を感じ、氷雨は勢いよく振り返った。
「あ」
男がいた。ひょろりと痩せ、目の下にくまのある、影のような男だった。二十代といったところだ。青白い肌から、なけなしの血の色が引いていく。
――しまった。
おびえを見せたその瞳の奥に、赤い色彩が見えた気がした。きっと男が間近で見たのであろう血の色が、その眼によみがえっている。多くの民と同じ。彼も刀におびえていた。
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