運命のふたり

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「担当者の方は、Aチーム、Bチームとも、64階の大会議室にお集まりください。繰り返します、今回の『運命のふたり』最終打合せは、午後二時から、64階の大会議室です。担当者の方は遅れないようにご参集ください」  フロア全体に大きく鳴り響くアナウンスは、たとえ今回の担当とは関係ない者でも、緊張を感じるさせるには十分だった。  64階の大部分を占める大会議室には、打合せが始まるかなり前から担当者が詰めかけており、熱気で空調の効きが悪く感じられるほどだった。  * * * 「只今お手元にお配りしたように、今回のシナリオは、百三十三番を使用します。総天使長がお気に入りの『学校に急いでいたふたりが、街角で偶然に鉢合わせして恋に落ちる』というシナリオが元ネタです。続いて各チームリーダから報告をお願いします」  ざわつきが落ち着かない会議の冒頭では、今回の『運命のふたり』を管理するPM(プロジェクト・マネージャ)に指名された第四天使長が声を張り上げて説明を始めた。 「Aチームのリーダです。最初にAチームの担当者情報の共有を行います。それに基づいてお配りしているシナリオに基づいたタイムチャートでスムーズに進むように各人ご協力をお願いします」  会議が始まると、モニターに表示される情報を見ながら、伝えられる内容を聞き漏らすまいと全員が口を閉ざした。 「Aチームの担当は、都立高校の1年3組に通う、15歳男性。少しやせ気味で高身長、優しい性格ですが消極的なため、彼女いない歴は15年です。初恋は幼稚園の時の同級生で告白せずに終わっています。エッチな本はベッドの下に三冊隠してます。夜遅くまで美少女ゲームに熱中していますが、朝はスマホのアラーム機能の力で定時に起床しています」 「次に、Bチームのリーダです。同じ都立高校の1年4組に通う、15歳女性です。中肉中背で、メガネあり、黒髪三つ編みです。なおBWHと体重は非公開とさせてください。こちらもおとなしい性格のためか、彼氏いない歴15年です。初恋は小学生の時に図書館で出会った中学生で、憧れで終わりました。初潮は小学5年生のときです。毎朝母親お手製の弁当を持って学校に向かいます。以上Bチームの担当者報告でした」 「Xデーは、明朝、午前8時15分30秒4を予定しています。場所は、三丁目の信号のない交差点です。男性は自宅のある南側から交差点に入って学校のある東側に曲がります。女性は自宅のある西側から交差点に入ってきて、彼らはそこで鉢合わせする予定です。これに合わせて、各担当者から対応作業の報告をお願いします」  各チームリーダの報告が終わると、それ以外の担当者が次々に話始めた。 「こちら天候担当です。明日の午前中は高気圧が張り出して晴れるように、周辺の大気を調整します」 「えっと、交通整理担当です。明日の午前中は、三丁目の交差点に外部から自動車や他の歩行者が入り込めないよう、当日の早朝から結界を張ります」  各担当者が報告を始めるなか、参加者から疑問が出てきた。 「彼ら二人が鉢合わせするためには、学校に急いで行く理由が必要じゃないですか? ノンビリ歩いてたらすれ違うだけでしょ」 「その点は大丈夫です。今からその件に関する報告があります」  司会を務める天使長は、予想された質問だ、と言わんばかりに議事を進める。 「えー、電子機器担当です。彼のスマホのタイマーに細工をしてあります。明日はその結果寝坊してしまい、遅刻するギリギリの時間に自宅を出る想定です」 「続いて、頭痛担当です。明日の朝、彼女の母親に頭痛を発生させ、お弁当を自分で作るように仕向けることで、こちらも自宅を急いで出る予定です」 「彼女が母親の代わりに弁当を作らない、という想定は無いのですか? 例えば途中でコンビニに寄ってパンを買うとか」  想定されたシナリオに対して厳しい質問は続く。 「はい、その余地は予め潰してあります。当日は、お弁当のオカズを交換する約束を女の子同士で結ばせてありまして」  シナリオの確認は夜遅くまで続いた……  * * *  そして当日の朝。  ここは2階分をぶち抜いて作られた巨大なオペレーションセンター。彼と彼女の行動を朝一番から監視すべく、壁一面に設置されたモニターには、彼らの一挙一動が大画面に映し出されている。  そしてその横には、刻一刻と減っていく鉢合わせまでのカウントダウンも表示されていた。 「天使長、Tマイナス一時間を切りました。全てシナリオの予定通りです」  天使長の横では、シナリオから作成したタイムシートとストップウォッチをこまめにチェックするタイムキーパーが、安心した面持ちで呟いている。  彼は想定通りスマホのトラブルで寝坊し、彼女は頭痛の母親の代わりに弁当の作成に追われていた。全てがシナリオ通り進んでいた。  そう、たった今までは…… 「大変です、交差点の手前に捨て猫を発見しましたぁあああ。このままでは彼女が捨て猫に気が付き、交差点の手前で立ち止まってしまいます!」  彼らが鉢合わせする交差点を、事前に監視していた別の担当者が悲鳴に近い絶叫を上げる。 「ヤバいぞ……。このままでは、家から飛び出して来る彼と交差点で鉢合わせしない。緊急事態だ、コードブルー発令だ!」  事態の重大さに気がついた天使長は、オペレーションセンター中に響く声で、緊急呼び出しであるコードブルーを発令した。 「コードブルー発令、繰り返します、コードブルー発令。館内にいる全天使は至急オペレーションセンターに集合して下さい」  館内に鳴り響くコードブルーの放送を聞いた天使達は、大急ぎでオペレーションセンターの控え室に詰めかける。 「どうして捨て猫が交差点にいるんだ、管理の手落ちじゃ無いのか?」  当然一部の担当者からは非難の声が上がった。 「事件は会議室で起きてるんじゃない、現場で起こってるんだ。今はこのトラブルに対応するのが最優先でしょう!」  天使長はそんな非難を一切無視して対応にあたる。 「至急シナリオを変更します。時間を操作出来る天使は彼と彼女のいる空間の時間を遅くして下さい」  天使長はそう言って一旦時間を稼ぐと、シナリオライターに赤ペンで修正を入れさせる。  ──彼の靴ひもを劣化させて、彼は交差点に入った瞬間に転倒する。そして起き上がって顔を上げた方向に彼女がいる。彼女は捨て猫を抱えてオロオロするばかり。彼はそんな優しい彼女を見てキュンとなり、彼女に声をかけてしまう。捨て猫をどうしようか悩んでいた彼女は、彼に声をかけられて安心すると同時に優しい彼に関心を持つ。ココで、キューピットが恋の矢を彼らに打ち込む。 「こんな感じの修正で行きましょう。修正版のシナリオを担当者に大至急配って下さい」  ──そして、結局。彼と彼女はシナリオ通り恋に落ちた。  * * *  作業が終わって、オペレーションセンターから去って行く担当者達に、手を上げて謝意を表していた天使長は、隣の疲れ切った顔のシナリオライターに声をかけた。 「お疲れさま。結局、今回の出来はどうなるのかなぁ……」 「天使長の機転に助けられました。今回もきっと『いいね』沢山もらえますよ」  シナリオライターは、少し離れたところで、今回の動画を天界ネットに配信するための編集作業をしている担当者にも聞こえるように答えた。 「なんせ、女神さま達には評判良いですからね、『運命のふたり』シリーズの配信は」 「次回は、『学校から帰る時に土砂降りで、彼と彼女は相合い傘で帰る』シナリオだそうだよ。次回もまた、よろしく頼むね」  そう告げると、シナリオライターをその場に残して、天使長は大あくびと共に去っていった。 (了)
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