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⑿
「洋館ですか。でしたらあそこのお寺さんの脇を行った奥に、建築家だが鉄道技師さんだかの建てられたお屋敷があるそうですから、それかもしれませんね」
「お寺の脇ですね。ありがとうございます」
宗吉から仕入れた噂に猟奇の臭いを嗅ぎとったのかあるいは生来の短気か、流介は亜蘭たちと別れたその足で今度は件の『道理庵』を訪れるべく街角で聞き込みを始めた。
流介が聞いた通り寺の脇を通っている細い道に足を踏みいれると、数分も歩くと道はきつい上り坂に変わった。坂はてっぺんを超えると急な下り坂となり、その先に待っていたのはまごうことなき洋風の「お屋敷」だった。
「うわあ、こんなところにあったのか。これでは見つけられないわけだ」
件のお屋敷は、うっそうとした林とその裏にある墓地との間のわずかな隙間に、周りの家から切り離して無理に押し込んだような建物であった。
「なるほど、これは「庵」と呼ぶにふさわしいたたずまいだ」
洋館というにはあまりにもこじんまりとしているものの、鎧戸や切妻屋根と言った欧風のあしらいがそこかしこに見られる造りからは主のこだわりが見て取れた。
流介はを坂下り切ると、昼間にも関わらず蝙蝠でも出そうな薄暗い玄関の前に辿り着いた。
「ごめんください」
怪物が咥えている輪を欧風の扉に打ち付け、流介は中に向かって大声で呼びかけた。
「……どなた様でしょうか」
しばしの沈黙のあと軋み音を立てて扉が開け放たれ、青白い顔がひょいと覗いた。
興味本位の新聞記者を出迎えた主はなるほど浮世離れした美青年で、整った顔と青みがかった白目は男性でもはっとさせずにはおかない魅力を放っていた。
「……何か御用でしょうか」
「道理庵というのはこちらでよろしいのでしょうか?」
「はい、そうです」
「私は匣館新聞という刊行物を出している会社の者です」
「新聞記者さんですか。……ここへはどのような用向きで?」
「ええと、あのですね。実は先月植松恵次郎という金融業者の方が亡くなられたのですが『猟奇新聞』という物を出している同業者の方からその植松氏とあなたが親しいという話を聞きまして……」
「殺人事件の話を聞くのは警察の仕事では?」
「いえ、事件を解決しようってんじゃないんです。この事件、死体から首だけが切り離されて行方不明になるとか色々と奇妙な逸話がありましてね。あなたももしかしたら被害者の方について何かご存じなのではないかと思いまして」
「そうですか……格別お話するようなこともないように思うのですが。まあ、立ち話も何なのでどうぞお入りください」
流介は思いがけない申し出に、玄関先で「いいんですか?」とかしこまった。
「ええ、狭いところですが」
「では、遠慮なく」
流介は何の準備もできぬまま、美貌の主に誘われるようにいわくつきの館へと足を踏みいれた。
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