1/1
前へ
/22ページ
次へ

「それでは少し時間が早いですが、『港町奇譚倶楽部』の例会を始めたいと思います」  そう言って丸テーブルの傍らに立ったのは日笠だった。 「本日は元々用意していたお題を変更し、われわれの不定期会員である飛田流介氏より提供された怪事件の謎に全員で挑みたいと思います」  日笠が法事の時とは一味違う前口上を述べると、「一応、会の趣旨を説明させて頂きます」と言って安奈が前に進み出た。いつのも和装と違い洋装の安奈は酒屋の看板娘というより貴族の一人娘のように見えた。 「ご存じの通りこの会は出された謎に対し最も納得のいく答えを提示した者が皆からお食事とお酒をごちそうしてもらえるという決まりになっています」  安奈が例会の会則を告げると、テーブルを囲む一同が「異議なし」というように頷いた。流介、安奈以外の集まった面々は日笠とウィルソン、それに『梁泉』の女将、浅賀ウメだった。 「今回の謎は、金融業者である植松恵次郎氏殺害事件についてであります」 「……住職、提案なのですが」  突然、そう言って席を立ったのはウィルソンだった。 「その植松氏なのですが実は我々の商い仲間で、私も少々面識があります。私が先にあれこれ憶測を述べると、後で語られる会員に予断を与えることになりかねません。ここはひとつ、私がホスト役になって最後に意見を述べさせていただくというのはどうでしょうか」 「なるほど、ウィルソンさんは確か次回のホスト役だったと思いますがいいでしょう、私と交換いたしましょう」  ウィルソンは日笠と入れ替わる形でテーブルの傍らに立つと「では事件のあらましを簡単に説明いたしましょう。内容に不足があれば飛田氏に補足していただきます」と言った。  ウィルソンは今回の異様な事件についてひとしきり語ると「それでは推理を述べたい方はどうぞ」と言った。 「では、私から推理を述べされていただいてよろしいかしら」  説明が終わって真っ先に口を開いたのは、ウメだった。『匣の館』の客として振る舞っている彼女は、西欧風のドレスを見に纏った完璧な淑女だった。 「わたくしの推理はこうです。『道理庵』の主は実は女性だったのです」  ウメの大胆な推理にテーブルを囲む一同は一瞬「おお」というどよめきに包まれた。 「これなら、謎の女郎の姿が見かけられなかったことにも説明が付きます。翻訳家は本来の女として植松氏と知り合い、文学について語る時は男装し男として『道理庵』に植松氏を迎えたのです」 「では仮に主が女だったとして、植松氏を殺害した理由は何です?首を切り落としたことに意味はあるのですか?」  日笠が問いを挟むと、ウメは「殺害したのはまあ、よくある痴情のもつれでしょう」とやや荒っぽい片付け方で締めくくった。 「ひょっとしたら自分が『道理庵』であることを明かした際に植松氏が失望し、言い合いとなって事故のような形で殺害したのかもしれません。首を切った理由までは、残念ながらわかりません。強いて言えば狂気に取り憑かれていたと言うことでしょうか」  ウメが推理を語り終えるとホスト役のウィルソン氏が「どうです、飛田さん」と流介に問いかけた。 「さあ……僕には何とも」  会員の推理を理解するのに精一杯の流介は、思わず言葉を濁した、
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加