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「しかし、そこまで手の込んだことをする人間がいるだろうか」 「外国の推理小説なども読んでいただろう植松氏なら、そのくらいのことを実行してもおかしくはありません」 「推理小説……」 「店には自分と女郎が連れ立って入るところを見せておいて、そこから女郎だけが大きな包みを持って出れば誰しも部屋に残された首なし死体を植松氏だと思うに違いありません。そうやって二人は死者とその殺害容疑者としてこの世から見事に姿を消してみせたのです」  語り終えたウィルソン氏が一同を見回し「今回は決定的な推理はなしということで、よいのでしょうか?」と締めの言葉を口にしかけた、その時だった。 「待ってください。これで締めくくるという事であれば、最後に私の考えた真相を聞いてはいただけませんか」  そう言葉を挟んだのは『匣の館』の主、安奈だった。 「私がまず、注目したのは日笠さんの推理にあった男から女への「変身」のくだりです。仮に植松を殺害し。首を切ったのが「女性」になった『道理庵』の主だとしましょう。もちろん男性ですから女性よりは力もあると思います。ですが『道理庵』の主は男性としては細身の身体、もし『道理庵』の主が太い二の腕の持ち主なら女性になり切るのは大変だろうし、逆に女性のように華奢な腕だと今度は首を切り落とすのが大変です」 「それは……細身の身体に似合わない怪力の持ち主だったのかもしれない」  日笠が自説を補うように言うと、安奈は「そうかもしれません。ですが私はもう少し飛躍した仮説を考えてみたいと思います」と言った。 「飛躍した仮設……といいますと?」 「男から女に変身する際、薬品などの方法を使って体格や骨格も変えてしまったのではないかと思ったのです。仮にそう言うことを可能にする薬品があれば植松氏に会う時は女の身体、首を切る時は男の身体という風に必要に応じて男と女の身体を行き来することができます」  安奈の大胆というよりおとぎ話のような仮説は、流介を含むその場の面々を唖然とさせた。 「いったいどうしたんだ安奈さん、いつもの君らしくない荒唐無稽な説じゃないか。それじゃあ推理とは言えないよ」  流介が苦言を呈すると、安奈はそう言われるのは織り込み済みとばかりに「あら、こういう仮説もありだと思いますわ。今回はこれといった結論が出なかったわけですし、こんな話で楽しんで終わるのもたまにはよろしいんじゃありません?」と答えた。 「ううん、そういうものかな」  流介は腕組みをして唸ると、まだ何か釈然としない部分があると密かに思った。この事件にはきっとありきたりの推理では解明できない、あっと驚く真相があるのに違いない。
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