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「うふふ、やっぱりここにいらっしゃったわね飛田さん」  港に停泊している世にも奇妙な曳舟(ひきふね)『幻洋館』の前に立っていた安奈は、まるで流介が来るのを予期していたかのような口調で言った。  『幻洋館』は船の上に実際の建物の何分の一かの小さな洋館をそのまま乗せている、世にも奇怪な船だった。 「天馬が二階で待っていますわ」  安奈に誘われ不思議と狭さを感じない建物の階段を上がってゆくと、見覚えのある水守天馬の書斎が目の前に現れた。 「ようこそ我が館へ。客人も無事に来られたことですし、謎と真実の航海にしばし出港するとしましょう」  天馬はそう言うと、本で囲まれた書斎の中心に据えられた船の舵輪をくるりと回してみせた。 「天馬君、実は今日、ここにやってきたのは他でもない植松氏と『道理庵』の主との関係にいまひとつ釈然としない物があるからなんだ。君にならなにかすっきりと納得させる説を聞かせてもらえるんじゃないかと思うのだが、どうだい」  流介がそう言って『匣の館』でかわされた推理合戦の内容を話すと、天馬は「なるほど、かなりいいじゃないですか。『道理庵』の主が男であると同時に女であり、下手人でもある。仮にこれが事実とすれば、後は警察の捜査が主のところまで伸びるかどうかだけでしょう。表向きは解決したもも同然です」と言った。 「そうだろうか。僕にはいま一つ、全体をすっきりと繋げる線が欠けているように思うのだが……」 「なるほど、それもまた当然の疑問です。ではひとつ、僕が考えたこの事件の構図を披露いたしましょうか。ただしどんな奇怪な絵が現れても異議は挟まないでくださいよ。あくまでも僕個人の想像に過ぎないのですから」  天馬はそう前置くと、「まず、謎の女性の正体ですが」と切り出し始めた。                 ※ 「ウメさんが看破した通り、女郎の正体は『道理庵』の主――すなわち都留岩一雄氏と考えて間違いないでしょう。問題は氏がなぜそのようなことをしたかという点です」 「単なる女装趣味じゃあないのかい」 「それもあるかもしれませんが、本質はもっと深いものです。真の目的は植松氏が女郎と只ならぬ関係にあるという巷の評判を確たるものにするという点にありました」 「巷の評判……つまり世間の知らない何かがその裏にあったということかい?」 「その通りです。女郎といったん噂になってしまえば、容易には覆りませんからね」 「でも彼女――主は植松氏を殺害したのだよね?」 「ある意味、そうです。しかしこれは痴情や怨恨、金銭による殺人ではありません。強いて言えば頼まれた殺人です」 「どういうことかな」 「植松氏は自分を殺して、首から上を剥製にしてくれそうな人間を探していたのです」
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