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「それと殺害依頼と、どんな関係があるんだい?」 「そんな薬があるかどうかは定かではありませんが、おそらく「変身」の間隔が短くなって来ていたのではないでしょうか。  『書室』でくつろいでいた植松氏は突然、「田倉」が来るのを予感して部屋を飛びだした。ところが家に帰りつく前に「田倉」が現れ、「田倉」は「植松」を問い詰めようと『道理庵』に引き返した。こんな生活が続けば殺して欲しいと願うのも無理はありません」 「それで身も心も許した「主」にいっそ自分と「田倉」の両方を消してくれと依頼したわけか……では首を切ったわけは?」 「多分、植松氏が覚悟を決めた途端、殺されたくない「田倉」が現れて逆に『道理庵」の主を襲ったのでしょう。そして身を守るつもりで「田倉」を殺害したところ、死んでも容貌が「植松」に戻らなかったため、仕方なく首を切り落としたのです」 「そうか、死体が「田倉」では騒ぎが余計に大きくなってしまう……」 「そこで主は『冲船屋』の常連客に助けを求めたのだと思います」 「常連客に助けを?どういうことだい」 「あの店はたぶん、植松氏と同じような嗜好を持つ男性たちのたまり場だったのではないでしょうか」 「あっ……」  流介は店内でテーブルを囲んでいた男たちを思いだした。道理で女性客がいないわけだ。 「主と植松氏の関係をよく知っていた常連客達なら「田倉」のことも知っていたでしょう。彼らは植松氏と主の「愛の秘密」を守るため、首を切る作業に力を貸したのです」 「それで主は「田倉」の首を持ち帰ったと……」 「おそらく主はしばらくすれば首が「田倉」から「植松」に戻るという期待をしていたのではないでしょうか。そして剥製師に約束を取り付け、首が「植松」に戻ったらすぐ剥製にして自分の元に置いて置こうと……しかし首は「植松」に戻ることなく「田倉」のまま腐敗してしまった。そこで主は自力で剥製のような首の模型を作ったのです」 「あっ、ひょっとしてそれが宗吉君の見た……」 「おそらくそうでしょう。植松氏の風貌は目に焼き付いていたでしょうから、剥製のように見える模型の首を執念で作り上げたのだと思います」 「じゃあ宗吉君の見た謎の女、それも主だったんだね?」 「はい。模型の首は機械仕掛けで表情を出せるようにしてあったのでしょう。見えない黒い糸を引くと口許が笑う、というように」 「しかし何のためにそんな芝居じみたことを……」 「もしかしたら件の記者氏にわざわざ見せたということは、この話を広めて欲しい、そういう願いもあったのかもしれません」 「何という奇怪な事件だ。いや、それより……」  流介は絶句しつつ、これだけの材料で現代の猟奇譚とも言うべき仮説をあっという間にこしらえた、この美貌の青年こそが怪異ではないのかと訝った。 「でも僕にとっては『港町奇譚倶楽部』の皆さんが披露された仮説の方がよほど興味深く面白いと思っています。真実というのは往々にしてやり切れないものですからね」  浮世離れした美青年はひと通り推理を披露すると、書斎の真ん中から突き出た舵輪を楽しそうにくるりと回した。
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