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「飛田君、『道理庵』の主が亡くなったのを知っているかい」
「えっ、本当ですか」
「ああ。自分の書斎で、大きな絵の前で倒れている所を発見されたらしい。テーブルにグラスがあったことから毒を呷った可能性もあると見られているそうだ」
「大きな絵の前で……」
「不思議なことに主を知る者によると、つい先日まで若々しかった主がまるで老人のように老け込みやつれ切っていたそうだ。近くに飾られていた絵には若い頃の主が描かれていたというから、衰えてゆく自分の宿命に耐えかねて自殺したとの見方もある」
升三の話を聞いて流介は思わず首を傾げた。自分が見た肖像画の中の主は確か、中年過ぎだったはずだ。絵の中の主が急に若返ったとでも言うのだろうか。
「なんだか後味のよくない事件でしたね。そのままでは記事にできそうもありませんから、ちょっと散歩でもしてきます」
「ああいいとも。なんとか当たり障りのない奇譚に仕上げられることを祈ってるよ」
升三のどうにも期待しているとは思えない視線を感じながら、流介は編集部を出た。
※
宗吉に推理合戦の顛末でも聞かせようかと通りを歩いていた流介は、向こうから現れた人影におやと目を瞠った。
「平井戸さん」
「あら飛田さん、どちらへ?」
往来の真ん中でばったりと出くわしたのは、亜蘭だった。
「いや、植松氏事件に関する推理が出そろったのでね、宗吉君に聞かせてやろうと思って」
「今日は薬屋も『猟奇新聞』の作業もお休みです。明日になさっては?」
「そうなんですか、参ったな。宗吉君か善吉さんと話して少し頭を整理しようと思ったのに……」
「だったら私の家にいらっしゃいませんか」
「写真館に?」
「ええ。お店の中にテーブルがありますからお茶くらいはお出しできます。それと、きょうはこれから写真を撮りに安奈さんと天馬さんがいらっしゃるんです」
「あの二人が?写真でも撮るのかい」
「梁川様がお二人に、今のうちに写真を撮っておくと記念になるからと勧めて下さったんだそうです」
「へえ……」
梁川様とは安奈の遠縁にあたる人物で地元の名士だ。翁にしてみれば自分が健康なうちに二人のよい姿をたくさん収めておきたいのだろう。
「では、参りましょうか。お二人の着飾った姿を見るの、楽しみにしてるんです」
流介は鼻歌を歌いながら歩いてゆく娘の後を、いささか気後れしながら追っていった。
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