10人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
⑺
「ほほう、死体の首を切り落として剥製に……いや、これは参った。そいつは奇譚話を担当している君でも思いつかない話だ」
流介から話を聞き終えた升三は顎をひと撫ですると、眼鏡の奥でにやりと笑った。
「やはりそう思いますか。さすがに首の剥製となると僕も記事にするのはどうかと思ってしまいますね。……ただ興味を引かれる話であることは確かなので、石水君が言っていた女郎が実在するかどうかだけはちょっと調べてみようかと思います」
「ああ、好きなようにしたらいい。しかし君が色街の住人に興味を抱くとは、意外だな」
「色街に興味があるわけじゃありませんよ。あまりに猟奇な事件なので、果たして本当に男女のいざこざなのか確かめたくなっただけです」
流介が先輩記者のからかいに慌てて反論を試みた、その直後だった。
「いったい、何を騒いでいるんです?」
ふと室内に張りのある声が響いたかと思うと、なじみのある美青年がひょいと顔を出した。
「やあ水守君……久しぶり」
「こんにちは飛田さん。また怪奇譚の収集ですか」
英国風のシャツと帽子で現れた青年、水守天馬は澄んだ目をきらきらさせながら、流介たちの会話に紛れ込んできた。
この少年のような青年、水守天馬は伝馬船の船頭なのだが 外国語が達者なことから『匣館新聞』でしばしば通訳として雇っている。
彼の特徴と言えば、彫像の如き美貌とその若さにそぐわぬ異常な洞察力である。流介はかつてこの青年が、謎が多すぎて難儀していた出来事を鮮やかに解き明かした場面を目の当たりにしていた。
「いや、それがね……」
どこから説明したものかと流介が戸惑った次の瞬間、ふと天馬の背後に小柄な人影が隠れていることに気づいた竜介は思わず「あっ」と叫んだ。
「平井戸さん……?」
「おや飛田さん、亜蘭君をご存じで?」
「この前、取材の流れでたまたま会ったんだ。それより君の方こそ彼女とどんな知り合いなんだい?」
「彼女は安奈の親友で、どうしても新聞社という場所を覗いてみたいというので連れて来たのです。もちろん、社主さんにも許可を得ています」
「へえ……」
流介は目を丸くした。社内を見学しに来る人間はたまにいるが、社主に断ってからくるあたりやはりこの青年、ただ者ではない。
「平井戸亜蘭です。女学校を出て父の知り合いの薬局で働いています」
亜蘭という外国人のような名をもつ少女ははきはきと名乗ると、丸い顔をほころばせた。
最初のコメントを投稿しよう!