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「ふうむ、興味深い事件ですね。特にその消えた女性というのが」  天馬がひとしきり感心してみせ、流介は「それも消息がつかめなくて行き詰っているんだ」と嘆息してみせた。 「石水君という新聞記者が女郎と面識があったかもしれない都留岩という翻訳家を訪ねるようなんだが、あてにするわけにもいかないし……」 「植松さんと交流があった実業家の人たちを、当たってみるって言うのはどうかしら」  そう提案したのは、亜蘭だった。 「父の知り合いの会社経営者が、植松さんの会社のある地域のまとめ役なの」 「へえどんな人?」 「ウィルソンさんていう方よ」 「ウィルソンさんだって?」  流介は知り合ったばかりの亜蘭が意外な名を口にしたことに、目をぱちくりさせた。  ウィルソンさんというのはハウル社という鳴事の初めから船見町を拠点に貿易を行ってきた会社の代表で、早い話が地元の名士だ。 「ウィルソンさんなら、僕も会ったことがあるよ。偉い人だが非常に気さくな方だ」  流介が記憶を辿りながら言うと、亜蘭は「じゃあ、これから話を聞きに行ってみましょうよ」と乱暴な提案を口にした。 「これから?仕事で忙しいんじゃないかな」 「ちょっと話を伺うだけよ。……あっ、天馬さん。社内の見学はもう十分なので、ちょっと飛田さんと取材に行ってきますね」 「行動が早いな、亜蘭君は。たいしたものだ」  天馬は美しい顔をぴくりとも動かさず、亜蘭の突飛な発言にうんうんと頷いた。 「うへえ、水守君の知り合いは極端な人ばかりだなあ」  流介は支度もそこそこに、突然現れた快活な女性に引っ張られるように編集部を後にした。                 ※  港からほど近いあさり坂にある肉鍋屋の小上がり席で流介と亜蘭がウィルソンを待っていると、現れたのはウィルソンではなく髪を洋風に結った若い女性だった。 「はじめまして、森井と申します」  女性は丁寧に自己紹介すると「ウィルソンは多忙で、今日は末広町の方に行っています。代わりに私がお話を伺おうと思っているのですが、亡くなった植松様のことをお知りになりたいとか……」と言った。 「はい、ウィルソン氏なら植松氏や、植松氏にまとわりついていた田倉という貸倉庫業者のこともわかるのではないかと……」  流介は森井という女性に尋ねたい内容を一気に吐き出した。ウィルソン氏に直接会うには外国人居留地までゆかねばならず、そう遠くはないのだが色々と面倒なのだ。
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