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「植松様は商人たちの会合などでよくお見かけしておりました。海外のことに興味がおありだったようでいくらが英語も話されていました」 「なるほどウィルソンさんは日本語も話されるようですが、やはりハウル社は貿易会社ですし、英語を学んでいたとすると植松氏は貿易に興味があったのかもしれませんね」 「はい、そのような雰囲気でした。……ですがどちらかというと植松さんはお仕事より文学や芸術などの面で海外に興味を持たれていたようです」 「はあ、その話は僕も少しうかがっています。何でも外国文学がお好きだったとか……」 「はい。若い翻訳家の方で都留岩さんという方がいらっしゃって、その方に手に入れた外国の作品を翻訳してくれないかと頼んでいたようです」 「そうでしたか。大体、僕が聞いた話と一致しますね。では田倉についてはどうですか。何かこぼれ話のような物を聞いたことはありますか」 「田倉……はい存じております。数回しかお目にかかってはいないのですが」  森井という女性はそう前置くと「植松様はさまざまな事業をなさっている方にお金を都合していましたが、貸倉庫業を営んでいる田倉には慎重でした」と厳しい顔で言った。 「その田倉から逃れて唯一、心のよりどころとしていたのが外国文学と、都留岩さんでした」 「なるほど、あまり素行が良くなく融資をしたくなかったというわけですね」 「植松さんは時々、番頭に当たる方に仕事をまかせて都留岩さんが用意した『書室』にに逃避したりしていたようです。ところがある時、田倉が都留岩さんの『道理庵』と『書室』を発見してしまったのです」 「それでウィルソンさんは?」 「田倉が来るのを察したのかいち早く『書室』を飛びだし、もぬけの殻になったところに田倉がやって来たそうです。そこで家主である都留岩さんと田倉が揉めて……後ののことは知りません」 「では植松さんが親しくしていたという女性のことは……」 「それらしい方をお見かけしたことはありますが、言葉を交わしたことはありません」 「他に植松さんと女性を見かけた人は?」 「ええと……たしか谷内頭の『梁泉』で一緒にお蕎麦を食べている所を見かけた方がいるという話は聞いたことがあります」 「梁泉ですって?」  流介は口をあんぐりさせた。情報を持っている人間は、意外と身近なところにいたのだ。 「しかし『梁泉』に行くとなると少し間を置かないと駄目ですね。さすがに肉鍋を食べた後すぐ蕎麦というのは僕でも厳しいです」  流介がううむと唸ると亜蘭が「では安奈のお店で時間を潰して行きましょうか」と言った。 「安奈さんのお店で?」  流介は唐突な提案に目をぱちぱちさせた。今日はよくよく知人の名が飛びだす日だ。
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