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12 海神神殿
「ここだけなーんか不自然に立派だな」
ベルがジロジロと周囲を見渡しながらそう言った。
「ああ、ここは八年前にそりゃもう色々と手をかけてもらったからね」
ナスタが笑いながらそう答える。
「あ、そうか、ここがトーヤが最初に運び込まれたとこなんだよな?」
「そういうこと」
ここはカースの海神神殿である。
『嵐の夜、助け手が西の海岸に現れる』
シャンタルの託宣があり、その西の地がここ、カースであろうと推測し、
『もしや、新たな神の御降臨では』
と、そのお方を迎えるためにこの海神神殿を借り上げて「仮神殿」とすることが決まったのだ。
「何しろ、マユリアがシャンタルの名代としてここにいらっしゃるということだったからねえ、そりゃもうびっくりして、どうしたもんかと大慌てだよ」
「そんで、そこまでして迎えたと思ったら、こんなしょぼい悪人面、いでっ!」
何があったのか説明するまでもないだろう。
「あははは、まあねえ、そういうこった」
「お袋さんまでひでえな」
そう言いながらもトーヤも楽しそうに笑っている。
「まあね、そんなことで、えらく腕がいい宮大工達が集まってさ、あっという間にここをこんな風にしてくれたってわけさ」
「なんか、ここだけ宮みたいだもんな、こんなちっこい村なのに」
「本当に不似合いなぐらいの立派な神殿になっちまったけど、まあ、ありがたいことだよ」
ナスタの説明によると、以前の仮神殿は簡単なレンガ造りで、一応神殿とは言いながら、
「そりゃもう言ってみりゃ掘っ立て小屋みたいなもんだったよ。何しろ海の近くだし、すぐにだめになっても、また建て直せばいいか、みたいな感じで造ってたしね」
ということだった。
その小さな神殿を取り壊し、突貫工事で小さいが今の形に造り上げた。おかげでリュセルスに何箇所かある街の神殿よりも立派な建物になってしまったらしい。
「へえ。でも、こんだけ立派なら、そんなに傷んだりしないのかな」
「どうだろうねえ。でも、壊れても場合によっちゃ修理もしてもらえるってことだった」
「え、なんで?」
「そりゃ、この神殿も聖地みたいな扱いになったからさ」
「聖地って、なんで?」
「託宣の地になっちまったからね、この村も」
「へえ!」
「いや、俺も知らなかった」
トーヤも聞いて驚く。
「それだけじゃないんだよ。その上ダルがあんなになっただろ?」
月虹兵のことを言っているのだ。
「今は落ち着いたけど、一時は結構見に来る人もあったね。まあ、来てみてもこんな感じなんで、がっかりして帰っていってたけどさ」
ナスタが笑いながらそう言うのに、トーヤたちも笑った。
「そういうわけで、この中だったらちょっとゆっくり隠れていられるんじゃないかね。朝、漁に行く前と、漁の後にみんながお祈りに来るぐらいだし、ここの鍵はうちにあるから、それ以外の時間に誰かがいきなり入ってくることもないと思うよ」
村長宅に世話になっていたトーヤたちだが、そろそろ次代様のご誕生が近く、封鎖明けに衛士か憲兵が捜索に来た時用にこの神殿に移動してきた。
「半島の先に隠れるんだろ? こっちの方がうちよりも海に近いから逃げ出しやすいだろう」
一時は村長が風邪気味だということにして、孫であるダルとアミの子たちの訪問も断っていたのだが、あまりに長くそう言い続けるわけにもいかなくなった
「村のもんも、ずいぶん長いが村長大丈夫かって気にしてくれて、見舞いに来たいって言い出すしね」
「すまんな」
「いや、それはいいんだよ。まあ、人にどうこうできるってもんじゃないって分かってるしね」
ダルの祖父母と両親、それから兄のダリオもあの不思議な出来事に巻き込まれ、今では関係者となってしまっている。
「ただ、うちとここに分かれちまったら、あそこに呼び出された時に困るかなとは思うけど、まあ、ないならないでいいし」
それがナスタの本音なのだろう。
「そりゃなあ、あんな意味の分からんところに好きで呼ばれたいとは思わねえよなあ」
と、ベルもうんうん、と頭を振りながら納得する。
「まあ、どうしても必要なら、そんときゃまた、なんかの形で集められるはずだ。俺は八年前のことですっかりそういうのに慣れちまったから、お袋さんたちも慣れてくれよ」
トーヤがふざけるようにそう言うが、おそらくそれは本当のことだ。
「そうだね、人がどうのこうのできるようなこっちゃない。というか、神様だって自分で自分のことをどうにかできるもんじゃなさそうだって、あたしはなんとなく分かったよ」
ナスタがそう言ってシャンタルに目を向け、
「ほんとに重い荷物を背負わされたもんだよねえ、シャンタルも」
と、困った風にため息を一つついた。
ナスタは今ではシャンタルのことも、すっかりトーヤやダルやその兄たちと同じく、
「うちの馬鹿息子」
扱いしてくれている。
シャンタルはそのことがうれしいようで、トーヤと同じく、ナスタのことを「お袋さん」と呼ぶようになった。
「トーヤならまだしも、シャンタルがそういう言葉使うのは、なーんか違和感」
と、ベルに言われながらも、そう呼び続け、ナスタもすっかり慣れてしまった。
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