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2 キリエの証言
「神官長がルギに話したことと、わたくしに話したことは同じことのようですね」
マユリアが苦笑するようにそう言った。
「キリエにも同じ話をしたのでしょうか」
「いえ」
キリエが短く否定をする。
「では、次はキリエが聞いたという話を聞かせてください」
「はい」
キリエが話を始めた。
「私の時にも、始まりと最後は違う話となりましたので、その始まりからお話しさせていただきます」
「分かりました」
キリエが軽く一礼をした。
「神官長は私には、セルマは冤罪である、陥れられたのだとそう申しました。そして、その陥れたという相手がラーラ様であると」
「なんですって!」
マユリアが思わず大きな声を出した。
こんなマユリアの姿は珍しいが、キリエも、そしてルギもそのことを当然と思うほど、神官長が言い出したことは驚くに値する言葉であった。
「何故、ラーラ様がセルマを陥れる必要があるのです」
「はい。神官長の申しますには、ラーラ様はセルマを嫌っている、そのため、マユリアからセルマを遠ざけるために、ラーラ様がセルマを、私を害した犯人にしようとしている、とのことでした」
「なんということを……」
マユリアが情けなさそうに首を左右に振った。
「ラーラ様ほどお優しく、慈悲深くあられる方がいるでしょうか。よりにもよって、ラーラ様がそんなことをなさるなど、想像することも出来ません」
「はい、おっしゃる通りです」
キリエも短く認める。
「ですが、ラーラ様がセルマを嫌っていらっしゃる、それは事実かと」
「それは……」
それだけはマユリアも認めざるを得ない。
あのラーラ様が、誰にでも母のように包み込むようなラーラ様が、セルマに対してだけは、どういうわけか冷たい目を向けられる。それにはマユリアも気がついていて、さりげなくそのことを指摘したこともあるほどだ。
「はい、事実は事実として認めなければなりません」
「そうですね」
キリエの言葉にマユリアもそのことを認めた。
「神官長は、もしもラーラ様がセルマを陥れたことを証明できたなら、セルマを解放し、ラーラ様を取り調べてもらいたい、そう申しましたので、もしもそれが事実ならば、必要なことである、そう申しました」
マユリアが黙ったままキリエの言葉を聞く。
キリエならば本当にそうするだろう。
たとえ相手が誰であろうと、それが侍女頭の役目であるならば、やらねばならないことであるならば、キリエはその役割を演じ切ることができる名優であると言っていいだろう。
「そうですか」
マユリアはそのことを全て理解して、キリエの言葉を受け入れた。
「ラーラ様がセルマを陥れた、そのようなことがあるとおまえは思いますか?」
「いいえ。ですが、絶対にないとは言い切れません。ただ、その可能性は限りなくないに等しいかと思ってはおります」
マユリアはキリエの言葉を聞いて少しホッとした顔になる。
「そして、神官長が申したこと、それは、ラーラ様が私に害をなしたということではなく、その罪をセルマに押し付けようとしたということです。つまり、犯人は他にいる可能性を示唆しておりますので、その部分はエリス様ご一行にと思っていたのではないかと思います」
「なるほど、そうなりますね」
マユリアもキリエの言い分に納得する。
「それでは、そのような証拠が出たなら、というところで話は終わったということですか」
「いいえ」
キリエがまた短く否定をする。
「では、その続きを」
マユリアが促すと、キリエが珍しく逡巡する姿勢を見せた。
「どうしました?」
マユリアが不思議そうに聞く。
「いえ……」
まだキリエは迷っている。
ルギも驚いたように隣に座っている侍女頭に顔を向けた。
「何か、話しにくい内容だったのですか?」
マユリアは神官長の言葉を思い出しながらそう尋ねた。
「はい」
キリエが短く認める。
「では……」
どうすればいいのだろう、マユリアはそう考えて、
「話せる部分だけを話してください」
と促したのだが、それでもキリエはどう言うものかと迷っているようだ。
こんなことは初めてだ。
マユリアの中で、神官長が言っていた言葉が浮かび上がる。
『きっと、きっとキリエ殿にお聞きくださると、そうお約束ください!』
あの時の神官長の様子が蘇る。
そうまでしてキリエに尋ねさせたいこと、そうまでしてキリエが話すことを躊躇すること、そのようなことが存在するということだ。
「キリエ?」
「あ、はい」
まだキリエは迷っている。
「それほどに話しにくいことなのですか?」
「はい」
その質問には即答をした。
「では、こちらから聞きたいことがあります。それになら答えてもらえますね」
「はい、お答えできることならば」
キリエからそう返事があり、マユリアが勇気を出すように、自分も口にはしにくかったことを尋ねた。
「シャンタルは次代様で最後になる」
キリエは黙って主の声を聞いている。
「神官長がそう申していました。この言葉、これは本当ですか?」
キリエは表情は一切変わらず、その声音もいつもと同じ調子でしっかりとこう答えた。
「はい。おそらくは事実であろうと思います」
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