3 絶望の種

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 3 絶望の種

「そうですか」  マユリアはその一言だけを口にした。  キリエは決して嘘をつかない。  では、それは事実なのだろう。 「次代様が最後のシャンタルになる可能性が高い、そういうことなのですか」 「はい、おそらくは」 「そうですか」  どう受け止めればいいのだろうか。  マユリアは次にどう言えばいいのかを少しの間考えた。 「それは、どのような理由でそうなるのかが分かっているのですか?」 「はい。分かっております」  キリエが即答する。 「分かっているのですね」 「はい」 「では、その理由を教えてください」 「それは申せません」  またキリエが即答をする。 「そのような重要なことを、分かっていながら言えないということなのですか?」 「はい、おっしゃる通りです」  マユリアは記憶を辿(たど)っていた。  八年前のある時の記憶を。 『おそらく、それはわたくしが知らない秘密なのでしょうね』  あの日、二つの託宣を告げ、「黒のシャンタル」の運命を告げたあの時、マユリアはそう口にしたことを思い出す。 「わたくしが知らない秘密」  マユリアがつぶやく。 「あの時、トーヤがこう言いました。全てを知っていたのはラーラ様だけ、と」 「はい」  キリエも認める。 「おまえも、あの時に全てを知ったのでしたね」 「はい」 「わたくしが知らない秘密」  もう一度マユリアがそう口にした。 「ではそれは、わたくしが知ってはいけない秘密になるのでしょう」  キリエは答えない。 「分かりました。ありがとう」  マユリアもそれ以上はもう何も聞こうとはしなかった。 「では、他のことを聞いてもいいですか?」 「はい、なんなりと。お答えできることならば、何でもお答えいたします」  キリエが正面からマユリアを見つめながらそう答えた。 「その為に、トーヤは、トーヤたちは動いている。そうなのですか?」  マユリアの問いに、キリエは少しだけ考えて、 「そうだと思いたい、そう思っております」  と、正直に今の気持ちを答えた。 「では、トーヤはおまえにも、どこでどうしているか伝えてはきていないのですね?」 「はい」  そうだ、その為に知らぬようにしてあるのだ。  中の国御一行様も知らぬ人、事情のある気の毒な御婦人として接してきたのだ。    そして今もまだ、正式には、トーヤの正体はバレてしまったが、他の3人のことは知らぬ人のままなのだ。  親御様のことを心配なさって宮を尋ねてきたお父上も、あの中身の方はリュセルスに住まう家具職人のラデルという方だ。  次代様のお父上がマユリアの実父であるということは、秘密の中の秘密である。おそらく、神官長もそこまでは伝えていないだろう。   「神官長はわたくしにこう申しました」    マユリアの言葉でキリエは視線を(あるじ)に向けた。 「この国は先がない、と」  マユリアのまっすぐな視線とキリエのまっすぐな視線が合った。 「これは本当のことだと思いますか?」 「いいえ」  キリエがきっぱりと答えた。 「次代様がまことに最後のシャンタルであるならば、神官長のこの言葉は当たっているようにも思えます」 「はい。ですが、シャンタルが最後であること、それがすなわちこの国の終わりではないかと」  キリエの言葉にマユリアが驚いた顔になる。 「シャンタルの終わりがこの国の終わりではない……」 「はい」  もう一度キリエがきっぱりと答えた。 「そのための助け手(たすけで)、そのための黒のシャンタルであると私は思います」  マユリアがじっとキリエを見つめた。 「もしかすると、終わらせるための助け手、黒のシャンタルの可能性もあるのではないですか?」 「はい、確かにその可能性もございます。ですが、八年前のことを思い出してください」 「八年前を?」 「はい。あの時、皆が一度は絶望の淵に沈んだのではないでしょうか」  マユリアがキリエをじっと見たまま、あの時ことを思いだした。 『そう、黒のシャンタルに心を開いてもらいたい。そうだな、本人が直接俺に助けてくれって言ってくれりゃそんだけでいい。簡単だろ?』  トーヤがつきつけた二つ目の条件、残酷な条件。  ラーラ様は絶望して泣き崩れ、ネイとタリアはトーヤを悪魔と罵った。  そしてルギは…… 『どうぞご命令ください、俺に、あの悪魔を滅せよと』  ルギは、トーヤを手にかける、そう宣言をした。 『憎しみに目をくらませてはいけません』  マユリアはルギたちにそう言いながらも、トーヤを信じながらも、それでもやはり、心の中に絶望の種が生まれたことを感じていた。 『クロノシャンタルハ、スクワレヌ』 『クロノシャンタルハ、セイナルミズウミニ、シズム、ウンメイ』  そんな声が心の奥からささやきかけてきた。    そんな時、あの時もやはりキリエがこう言ったのだ。 『あの男はおまえたちが思っているような人間ではありません』 『ああ見えて情に厚い信用のできる人間です』 『私にはあの男の言いたいことが分かる気がします』  キリエはトーヤという人間を見てきて、その本当の気持ちを理解していた。 「そうでしたね……」  そのキリエの声が、マユリアの中の絶望の種を封印してくれた。  そして、信じることに決めたのだ。 「そうでした。最後の最後まで諦めない、そう決めたのでした」    あの時と同じことが、今、繰り返されようとしているのだ。
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