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5 忠信
「ルギ」
「はい」
「誰かに見られたという覚えはありますか?」
「いえ、全く」
「そうでしょうね」
もしも、そんな気配があったとしたら、ルギが黙って放置しておくわけがない。
もちろんトーヤも。
「キリエ」
「はい」
「神官長が見たという言葉、本当だと思いますか?」
「はい」
キリエが頭を一つ下げて続ける。
「私は棺が湖の真ん中あたりまで進み、トーヤと約束していた通り、頭の部分だけを残して沈むのを見届けてから岸に戻りました。そのまま後ろを振り返ってはおりませんが、おそらく、その後で完全に沈んだものと推測いたします。だとしたら、神官長が申しました、棺が湖の上に浮いている状態というのは、ルギとトーヤがもう一度沈めるための作業をしている時だとしか思えません」
「そうですか。ルギはどうです、棺はきちんと沈んでいたと思いますか?」
「はい」
ルギが頭を一つ下げて続ける。
「私は葬列の一番後ろに付いておりましたが、実は、一つだけ水音がしました」
「水音ですか」
「はい。おそらくは、棺が沈むのを見届けて、トーヤが湖に潜った時の音かと思います」
「トーヤが潜った水音ですか」
「はい。トーヤは棺が沈んだのを見届けてから湖に潜ったはずです」
「つまり、神官長が申す通り、棺が湖面に浮いている状態のうちは、トーヤはまだ潜ってはいないだろうということですか」
「はい」
その通りだ。トーヤは湖が完全に湖面から姿を消すのを見届けてから潜った。
「その水音は、皆に聞こえるような音だったのですか?」
「いえ、私と、もしかしたらその前を歩いていました者に届くか届かないかの大きさの音でした」
「そうですか。だとしたら、神官長にまで届いたという可能性はないだろうということですね」
「神官長は列の先頭を歩いておりました」
キリエがそう答える。
「私は神官長の後ろの神官たちの次を歩いておりましたので、先頭の神官長とはかなり距離がございました。私に聞こえなかったものが神官長に聞こえているとは思えません」
「そうですか」
マユリアはルギとキリエの言葉を聞き、神官長が前もって棺の秘密に気がついていたのではないだろうと判断した。
「おそらく、神官長はキリエに話した通り、落とし物を取りに湖に戻り、その時に偶然、湖面に浮かんだ棺を目にしたのでしょう。そのことを見たとキリエに話したのはいつのことなのです?」
「はい、ほんの少し前のことです」
キリエは神官長から、バンハ公爵家のヌオリたちを前の宮で預かってくれるように要請があったことを話した。
「その時に、さきほど申し上げましたセルマがラーラ様に陥れられた、セルマを解放せよとの話になりましたので、拒否いたしましたところ、最後のシャンタルの話を持ち出したのでございます」
「では、先ほどおまえが話をしにくいと言ったこと、それがこの棺の話なのですね」
「それもございました」
「それも?」
「はい」
「では、話せぬことは他にもある、そういうことなのですね?」
「はい」
キリエは素直に認める。
「そして、それはわたくしには話せない秘密ということなのですね」
「はい」
そのことすら素直に認めるキリエに、さすがにマユリアが少しだけ笑った。
「だからわたくしはキリエを信頼しているのですよ」
「もったいのうございます」
「聞いてはいけない話ならば、もう聞くことはありません」
「ありがとうございます」
またマユリアが笑い、それでこの話は終わりとなった。
「他に、何か神官長の言葉で言っておくことはありませんか」
「いえ」
キリエがすぐにそう答えたが、ルギは答えなかった。
「ルギ?」
「あ、いえ」
ルギは少しだけ考えて、
「それで全てかと」
と答えた。
マユリアはそんな2人の様子を見て、今の段階では両名ともこれ以上何かを話すことはないのだろうと判断をした。
「では、神官長がわたくしに話したことを今から全部話します。もしも、それを聞いて何か思い出すこと、話してもいいと思うこと、話さねばならないと思ったことがあったなら、またいつでも言ってください」
「はい」
「はい」
今はこれでいいとマユリアは思った。
マユリアはキリエのこともルギのことも心から信頼している。
では、信じればいい。
何もかもを素直に全部話すということだけが、忠信ではないのだから。
そして、マユリアは神官長が自分に語ったことを全て語った。
神官長がシャンタルとマユリアのことを「飾り物」と言った時、キリエもルギも明らかに怒りを目に宿らせたが、それでも黙ってマユリアの言葉を聞き続けた。
神官長がマユリアを王家の一員にと言った時には驚きを隠さず、外の国の、特にアルディナの聖神官の話には興味深い表情を見せた。
そして最後、マユリアを、当代マユリア個人ではなく、女神マユリアに政治力を持たせるために現国王個人ではなく、シャンタリオ国王との婚姻によって、王家の一員になるという考えを聞くと、考え込んでいるようであった。
「わたくしは、神官長は結局はわたくしを国王陛下の皇妃にしたい、そのためにそのような話を持ち出したのだと理解しました。そしてそのように言うと、神官長はこの国には先がない、次代様が最後のシャンタルであると必死に訴えてきたのです」
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