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「晴天ね!」
春香が空を見あげる。
「今日はサイクリング日和だ」
陽太も並んで空を仰ぎ見る。
昨日までの雨のおかげで、空気も美味しい。
花や木の香りが心を満たしてくれる。
アジサイの紫も木々の葉の緑もより濃く生き生きとしていた。
二 夢の森
駐輪場に着いた二人は自転車にまたがり、夢で見た森を目指して走りだす。
二十分ほど走ったところで森が見えてきた。
森の麓にたどり着くと、
「夢で見たのと同じね!」
春香は呆然と森を見上げる。
「まるで猫みたいだ」
陽太は春香の右隣に並んで立つ。
森は緑の樹木に覆われ、猫が寝ているようにふっくらと盛り上がっていた。
「ほんとね。巨大な猫ちゃんね」
そう言いながら春香は目尻を下げる。
「何処かに入り口があるはず」
陽太も目を凝らして森を端から端までつぶさに観察する。
「あそこに入り口があるわ!」
春香は森の南の斜面に鳥居が立っているのを見つけた。
「ほんとだ!」
丸太で作られた小さな鳥居が立ってる。
「行きましょう」
すぐに春香が自転車を押して歩きだす。
「待ってよ」
陽太が慌てて後を追う。
「見た目は小さいけど、思ったより大きな森ね」
二人が森の小さな鳥居を潜り抜けると、形も大きさもまばらな石を大雑把に並べただけの階段が大きめの鳥居のところまで伸びていた。
ポケットから淡い水色のハンカチをとって、春香は額の汗を拭う。
「春香ちゃん、自転車をこの辺に置いていこうよ」
石の階段の脇に、大きな楠の木が立っている。
「そうしましょう。自転車じゃこの石段のぼれないわ」
陽太と春香は楠の木のそばに遠慮がちに自転車を並べ鍵をかけた。
「それにしても、この木、すごく大きいね」
陽太は口をあけたまま、顎をのばし太くて高い木を見上げる。
「ほんとね、しかも双子みたいに、一つの根っこから幹が二本出てるいわ」
春香は楠を両手で触り手を合わせた。
「どうして祈るの?」
陽太が不思議そうに春香の横顔をみつめる。
「きっと神様の木よ」
春香は呟くようにそう言って、目を閉じた。
陽太も春香をまねる。
暫くして二人は一緒にゆっくりと目を開けた。
「行きましょう」
春香がでこぼこ石の階段をのぼり始めた。
陽太も慌てて追いかける。
いつのまにか太陽が二人の頭上で大きく輝いていた。
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