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「苔で足がつるつる滑るわ」
春香はそういいながら、両手で器用にバランスをとって前へ前へと進む。
「足が滑りそう」
陽太はバランスを保つのが背一杯だ。
「早く! と呼ばれた」
見上げると、赤い鳥居のところから春香が白い歯を見せて両手を大きく振っている。
「すぐ行くから」
陽太は息が苦しくて吐きそうになりながらも、なんとか鳥居に辿り着く。
こんなに汗だくになったのは運動会の時ぐらいだ。
「陽太ちゃん、頑張ったね!」
春香は陽太のか細い手首をギュウと掴んで、グイッとひっぱりあげた。
陽太は鳥居の下にしゃがみこみ、背中を丸めて荒々しく息をする。
「だいじょうぶ?」
春香もしゃがんで、陽太の背中を優しくさする。
「ありがとう。もう大丈夫」
陽太は両手で膝を支えながら、ゆっくりと立ち上がった。
春香が安心してにっこりほほ笑むと、陽太もにっこり笑う。
「木で作られた鳥居だね。思ったより大きい」
陽太が鳥居を手で摩りながら見上げる。
二本の柱は外灯のポールぐらいの太さで、高さは背丈の五倍ほどはありそうだ。
「とても古い木みたいね」
春香も首を伸ばして見上げた。
空は眩しいくらい青く輝いている。
「花の絵よ! でも変ね」
春香が鳥居の高いところの木製の額を指さす。
薄汚れた額に色が剥げ落ちた線だけの花の絵が描かれている。
「あの絵がどうかしたの?」
陽太も目を凝らして見てみるがピンとこない。
「額に同じ花の絵が二つ描かれているわ」
春香は目を細め額に描かれた絵をつぶさに観察する。
「ほんとだ同じ花の絵が二つだね。でもどうしてそれが変なの?」
陽太には見当も付かない。
そもそも幼い頃から両親と一緒に神社詣りしているが、鳥居の額に何が描かれているかなんて気にもとめなかった。
「だって、神様の名前が書かれてないもん」
春香は腕を組み、首をかしげる。
「あ、そっか、そうだよね」
陽太も不思議そうに絵を眺めた。
確かに言われてみればどの神社の鳥居にも、その神社の名前が刻まれていたことを思い出す。
「ね、だから変なの」
春香は組んだ腕を今度は腰にあて鳥居を見上げた。
「お花の神様かな……」
陽太も不思議そうに額の絵を見つめた。
三 神社の謎
二人が鳥居をくぐり抜けると、猫の額ほどの境内に木造の建物があった。
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