(2)あっちにこっちへ

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(2)あっちにこっちへ

 翌日の今日は土曜日。朝の九時でも駅前はショッピングセンターへ向かう人だかりでいっぱいだった。今日からゴールデンウイークというのもあって、親子連れや子どもだけのグループが特に目立つように感じた。私はそれを横目に早足で通学路を進んだ。  通学路は途中で海岸通りの道路に入る。その途中で砂浜に降りて歩くと、ようやく自分を取り戻したような落ち着きがやってくる。ふう、と小さくため息をつきながらゆっくりと砂浜を歩いた。私以外には犬の散歩や一人で散歩をするおじいさんがいるぐらい。駅前の騒々しさと違って静かで穏やかだった。今日の波も、穏やかだ。 「夏子ちゃんは、昨日のところにいるのかな?」  小学校の裏手まで歩いて行くと、道路から砂浜へと降りる階段に腰かけた夏子が、突然目に入ってきた。まるでパッとあらわれたように思えたけれど、その手にはサンドイッチを持っていて、口ももぐもぐさせている。すこし前からそこにいたようだった。 「おはよう、夏子ちゃん。お待たせ」 「おはよう、アオイ。待ってないわ。あんたも食べる?」  私は朝ごはんを食べてきているから「大丈夫」と答えた。すると夏子も「そう」とだけ答えて、残りの大きなサンドイッチをひと口で食べてしまった。 「夏子ちゃんって口が大きいんだね」 「そうかしら。気にしたことないけど」  夏子はそう言うと立ち上がって背伸びをした。 「よし、じゃあ行きましょう」 「どこに?」  夏子はサンドイッチが入っていたプラスチックの包装をポケットにしまうと、歩きだした。それは私が今、歩いてきた道だった。 「どこに? じゃないわよ。町に繰り出すの」 「でも、町にウラシマタロウはいるの?」 「いるかもしれないでしょ。少なくとも、この時間にこのあたりにいるのはイヌか老人だけじゃない。たとえウラシマタロウでもイヌとは結婚したくないわ」  ピシャリと答える夏子に、私はあわてて後を追った。 「町に行っても、ウラシマタロウかどうか、分かるんだよね」 「アタシを誰だと思ってるの? 由緒正しき乙姫一家の娘なのよ」 「由緒正しきって言われても、それは海底での話でしょ?」  夏子はふと私の方をふり返って笑った。 「あんた、仲良くなると失礼なことも言えるのね」  カーッと私は顔が熱くなった。 「ごめんなさい、気を悪くしたのなら」  しかし夏子は私の謝罪を手のひらではねのけた。 「謝らないで。からかっただけだし。気を悪くもしてないわ」  私はそれでもしばらくだまってしまった。たしかに、少しでも親しくなったと思った相手にはズケズケと物を言ってしまうきらいがあった。ダイキくんにはそれはあまりないと思っているけれど、自分ではなかなか失言に気づけないこともある。もしかしてダイキくんを無意識に傷つけていたこともあったのだろうか? 思わず普段の自分の言動をふり返っては暗い気分になった。 「なに、落ち込んでんのよ。そんな暗い顔をしてちゃ、男の方が逃げてっちゃうわ」  夏子はカラッとした笑顔で私の肩を叩いた。 「ほら。ショッピングモールへ行きましょう。そこは人が集まるんでしょう? 案内してよね」  私はしずかにうなずく。それを夏子は満足そうに見ると、ズンズンと歩きだした。
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