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西日に照らされながらダリアは走り続けた。いつも寄っていく花屋の主人も、風のように走っていった少女がダリアだとは気づかない。それほど一生懸命にダリアは友のもとへ走っていた。
いつもの半分の時間でアゼレアの家にたどり着いた。ふだんなら一階のとびらをノックして、家族のだれかにあいさつをしてから二階のアゼレアに会いに行く。けれど今日は息を整えることも忘れて二階の階段を駆け上がった。
「アゼレア、いきなりごめん――」
とびらを大きな音が響くほど勢いよく開けた。そこには数時間前に別れたときのまま、ベッドの上に腰かけながら本を読んでいるアゼレアの姿があった。
「どうしたの、そんなに急いで」
鬼気せまるダリアのようすに、アゼレアは本を放り投げてダリアのうでを取ると、自分のもとへとグッと引き寄せた。ダリアは彼女のひんやりとした手を取ると、とたんに安心できた。そして考えていたことばはすべて消えてしまい、なにも言えなくなってしまった。代わりにダリアの両目からは大粒の涙がドボドボとこぼれだした。
「離れたくない、アゼレアともっと一緒にいたい」
やっと口から出たことばも、泣きじゃくり鼻をすする音でかすれてしまった。
「ダリア、落ち着いて。ほら、ゆっくり呼吸をして」
アゼレアはダリアの異様な態度におどろきつつも、まったくワケを聞こうとしなかった。ただ背中を優しくなでながら、いつもの明るい少女にもどるようにと長い時間をかけて待った。
ダリアもアゼレアのいつも通りの優しい笑顔に、少しずつ冷静さを取りもどしてきた。そして鼻水をかみながら、アゼレアと別れてから起こったことをポツリポツリと話しだした。まるで物語を話すように、想像したことを話しているような現実味のなさを感じながら。しかし同時に避けようのない不安や恐怖も、ダリアの胸の中に大きく広がっていた。
「赤い鬼のお話なんて、初めて聞いたわ」
すべてを話しきったダリアは、アゼレアのベッドに体をたおした。ベッドに広がる赤い髪を、アゼレアは指先で優しくなでながらつぶやく。
「王室でしか伝わらない物語なんてあるのね」
ダリアは疲れ切っていた。アゼレアの顔をじっと見ていたが、今、目を閉じてしまったら眠ってしまいそうだった。そして眠ってしまえばアゼレアと離れ離れになってしまうかもしれない――そう思うと不安で眠れなくなるはずなのに、まぶたが重く、下へ下へと落ちてくる。
「私は……姫であることをやめても良いし、お父さんや弟と離れ離れになっても、怖くない。弟と会えなくなるのは寂しいけど、きっと耐えられる……と思ったの」
ダリアは髪をなでるアゼレアの白い手を取ってギュッとにぎった。
「でもね、アゼレアと二度と会えなくなったら、って考えたら、いてもたってもいられなくなったの。私は、アゼレアだけは失いたくなかったの」
私って親不孝者だね、とおどけるように笑うと、ダリアは静かにまぶたを閉じて寝息を立て始めた。たくさん泣いたこと、そして大きな不安と恐怖からくる重圧。その両方に精神的に疲れ果てたダリアは睡魔に勝てなくなったのだ。そんなダリアの頭をアゼレアは優しくなでると、その肩に自分の羽織をかけた。
「……寝たか」
西日が射してより体が赤く染まった赤鬼が、いつの間にか窓辺に腰かけていた。
アゼレアは彼をじっと見ると、優しくほほえんだ。
「お話があります、ちょっとだけいいですか」
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