第四章 ダリア姫と友情

3/3
前へ
/45ページ
次へ
 森の魔女はバーチという名で、森の奥の小さな家にひとりで暮らしている。人間のあいだでは『森の奥の魔女バーチ』とか『森の奥の魔女の小屋』という名前で知られていたはずだ、と赤鬼は道中で語った。しかし着いてみると、魔女の家は小屋というよりもずっと立派な家で、煙突からかすかに煙が上がっていた。全体的に赤茶色の、マーブルのようなレンガ積みが可愛らしい家だった。 「バーちゃん、ただいま」 「おかえり……お客さんも一緒かな、めずらしいけど――知っていたよ」  とびらを開けたすぐのところに座っていたのは、大きなマントに覆われている、まるで子どものように小柄な魔女だった。ダリアと赤鬼が近づいても、ちらりとも顔を上げないまま机に向かっている。ダリアがちらっとマントの下の顔を覗いてみたが『魔女』ということばで想像していたおばあさんの顔よりも、ずっと若く感じさせる姿だな、とダリアは思った。  魔女のバーチは机に向かってトランプを並べていた。 「これ、タロット占いみたいなものらしいよ」  赤鬼が説明する合間に、バーチは一枚のトランプをめくっていた。 「お客さんは、高貴なお方だね。王国の姫、と言ったところかな」 「あ、あたりです……」  しかしダリアの返答に魔女は「当たった」とか「やはり」など、なにも言わない。  赤鬼は部屋の隅から小さな椅子を二つ持ってくると、ダリアにひとつを進めた。  バーチはまだトランプを並べ替えたりめくったりしている。 「そして、悩んでいる……協力者が欲しい……だからここに来たのか」  まるでひとり言のようにバーチはブツブツとトランプに向かっている。どうするべきかとダリアは赤鬼の方を見るが、首を横に振るだけだった。 「バーちゃん、他人から話を聞かされるのが好きじゃないんだ。だからこうして自分で状況を占うんだけど、百発百中だから心配はしないでいいよ」  赤鬼はそういうと、椅子の上で倒立した。そしてそのままうで立てふせをはじめてしまった。どうやら魔女の占いには興味がないらしい。ダリアは、バーチの手元をじっと見つめていた。 「シルエラには会うこともままならない……ふふ、一度でも顔を合わせられたのが奇跡なんだよ。あの一族は気難しい主ばかりだからね」 「おやおや、いけにえが入れ替わったのか。そうかそうか、だからシルエラのもとに……」 「なんと、握手をしたのかい? 度胸のあるお方のようだ」  バーチはひとしきりつぶやくと、とつぜんトランプが机の上から姿を消した。 「あれ、なんで?」 「魔法で片付けたんだよ。だってあたしは魔女だからね」  手持ち無沙汰になった両手を組んで、バーチはようやく顔を上げた。 「さあ、お嬢さん、話をしようか。シルエラと初対面なのに握手ができた……その度胸を褒めてあげよう」 「あ、ありがとうございます」  ダリアはちらりとシルエラのヌメリとする脚と握手をしたことを思い出すと、思わずきれいなはずの右手を服でごしごしと拭いてしまった。そのようすをみてバーチはくすりと笑った。 「その度胸で森の魔女の小屋に来たわけだ。いや、ちがうか。どうやらあたしの話は知らなかったようだね……でも、あたしに会う度胸を、やはり認めてあげないとね」  バーチはニヤニヤとしたまま、ダリアを上から下まで嘗め回すようにじろじろと見回した。 「しかしね、お嬢さんの助けにはなれないよ」 「なぜですか」 「だって、あたしは、この子とシルエラ、そしてその一族の味方なんだからね」  そう言うバーチの背後に、シルエラの影が見えた気がした。 「それでも、あたしたちと仲良くなれるかね? 友だちに、なれるのかね?」
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加