第十二話 ワレスの迷宮

4/5
前へ
/61ページ
次へ
 続いてはマノンの証言だ。 「ボクはワレスと踊ってないよ。だって、ボクのダンスの相手はエチエンヌだからさ。でも、ワレスの相手はたしかに男の子だったね」  マノンは女の子だが、いつも男装している。となりには女装姿のエチエンヌが立っていた。男女の性別が逆転した少年少女は、ある意味、お似合いだ。二人とも十代なので、身長差もちょうどいい。最初のダンスの相手には最適だ。 「待て。なぜ、少年だとわかる? 服装だけなら、大人の男かもしれないだろ?」  マノンは妙にハッキリ首をふる。 「子どもだった。大人の背丈じゃないよ」  しかし、見まわしても、子どもの客はマノンとエチエンヌしかいない。  最後の証言者はマルゴだ。彼女はいきなり泣きくずれた。悲劇のヒロインだ。 「ワレスを殺したのは、わたしです。だって、あの人はいつも帰ってしまうんですもの。皇都郊外のわたしの小さな庭で、ワレスといっしょにすごせるだけで楽しかった。つらい過去を忘れられたわ。でも、あの人は鳥。すぐにどこかへ行ってしまう。それがつらかった」  裁判官がカンカンと木槌を打つ。 「証言は以上です。被害者は自分を殺した犯人を指名してください」  ワレスは困りはてた。そんなこと言われても、皆目わからない。  すると、証言を終えたマノンが小狐みたいな目をしながら、エチエンヌの耳にささやくのが聞こえた。 「ひひひ。ほんとはエチエンヌが踊ってたのは、ジェルマンなのにね」 「マノンさま。人が悪いですよ」 「違うもん。一つは真実、一つは嘘をつくのがこの法廷のルールなんだよ」  二つに一つ。真実と嘘——  ワレスはフル回転で思案した。誰の証言のどこがほんとで、どこが間違いなのか。  ジョスリーヌはなんと言ったか?  踊り場にいたので誰とも踊っていないと。ただ、ジョスリーヌの証言は長すぎて、どの部分が嘘だったのかわからない。  ジェイムズはワレスといっしょに来たのでよく見ていた。ワレスが踊っていたのは、マノンだったと。  そして、マノンはエチエンヌと踊っていた。ワレスの相手は少年だったと述べた。  マルゴはワレスを殺したと、その理由はワレスに去ってほしくないから。  全員が一つは嘘をついている。ならば、全員の証言を照らしあわせて、矛盾を見つければいい。  ハッキリしている嘘は、マノンだ。エチエンヌと踊っていたわけではないらしい。つまり、ワレスは少年と踊っていた。あるいは、これは男装したマノン自身をふくむかもしれない。  マルゴもワレスにずっとそばにいてほしいのは本音だろう。でも、ふだんは我慢している。ならば、ワレスを殺したというのは嘘になる。マルゴが犯人ではない。きっと、ワレスを撹乱(かくらん)させるための嘘だ。  ジェイムズの嘘はどうだろう? ワレスといっしょに来たのほうか? それとも、マノンと踊っていたのを見たのが嘘か?  それによっては、マノンがかぎりなく怪しくなる。 「被害者よ。犯人を指名しなさい」  裁判官にせきたてられ、ワレスはマノンと言おうとした。しかし、何かがおかしい。何かが欠けている。 (情報がたりない)  思いきって要求する。 「まだ、ジェルマンが証言していない。ジェルマンの話を聞かせてくれ」 「……」  しょうがなさそうに裁判官は嘆息した。 「では、ジェルマン。証言を」  ジェルマンが立ちあがる。 「私は奇術の準備をしていたので、誰とも踊ってはいません。そのとき、階段からおりてくるワレスを見ました。音楽が始まる少し前」  すべてがつながった。  だから裁判官はジェルマンの証言を隠したがったのだ。  裁判官は告げる。 「被害者よ。指名しなさい」  ワレスはうなずいた。 「おれを殺したのは、ジョスリーヌ。あんただ」  ジョスリーヌはわざとらしくおどろいている。 「まあ、わたくしが? でも、わたしは二階にいたのよ?」 「ああ、だが、ジェルマンの証言をあてはめれば明白だ。ジェルマンは誰とも踊っていないと言ったが、それは嘘だ。エチエンヌと踊った。ならば、彼の証言の後半は真実だ。そう。おれは階段をおりていた。音楽がかかる直前に。そして、くだけた頭部。高いところから落ちた証拠だ。誰かが、おれを階段からつきおとしたんだ。それができるのは、ただ一人。二階にいたジョスリーヌ。あんただ」  ジョスリーヌは黙りこんでしまった。ワレスは追い討ちをかける。 「あんたは証言のなかで、『わたしがワレスの死体を見たのは一番あとだ』と言った。あれが嘘なんだろう? あんたは誰よりもさきに死体を見ている。なぜなら、おれをつきとばし、落ちていくところを見ているんだから」  すると、ほうっとジョスリーヌは長い吐息をついた。 「そうよ。あなたを殺したのはわたしよ」 「どうして殺したんだ?」 「だって、あなたは生き返るんですもの。ほんとの意味では、わたしにあなたを殺せない。それが悔しかったのよ」 「意味がわからない」 「わからない? 考えてもごらんなさいよ。あなたは落ちて死んだあと、少年と踊ってるわ」  今度はワレスが緘黙(かんもく)しなければならなかった。そこがよくわからない。頭がくだけてるのに、なぜ、みんなはそのあと、踊っているワレスを見ているのか。  ジョスリーヌは大粒の涙をふりしぼりながらつぶやく。 「ここはあなたの愛の深さが、そのまま、その人から受ける苦痛の強さになる。そういう世界なのよ。だから、」  その言葉に、ワレスは衝撃を受けた。
/61ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加