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続いてはマノンの証言だ。
「ボクはワレスと踊ってないよ。だって、ボクのダンスの相手はエチエンヌだからさ。でも、ワレスの相手はたしかに男の子だったね」
マノンは女の子だが、いつも男装している。となりには女装姿のエチエンヌが立っていた。男女の性別が逆転した少年少女は、ある意味、お似合いだ。二人とも十代なので、身長差もちょうどいい。最初のダンスの相手には最適だ。
「待て。なぜ、少年だとわかる? 服装だけなら、大人の男かもしれないだろ?」
マノンは妙にハッキリ首をふる。
「子どもだった。大人の背丈じゃないよ」
しかし、見まわしても、子どもの客はマノンとエチエンヌしかいない。
最後の証言者はマルゴだ。彼女はいきなり泣きくずれた。悲劇のヒロインだ。
「ワレスを殺したのは、わたしです。だって、あの人はいつも帰ってしまうんですもの。皇都郊外のわたしの小さな庭で、ワレスといっしょにすごせるだけで楽しかった。つらい過去を忘れられたわ。でも、あの人は鳥。すぐにどこかへ行ってしまう。それがつらかった」
裁判官がカンカンと木槌を打つ。
「証言は以上です。被害者は自分を殺した犯人を指名してください」
ワレスは困りはてた。そんなこと言われても、皆目わからない。
すると、証言を終えたマノンが小狐みたいな目をしながら、エチエンヌの耳にささやくのが聞こえた。
「ひひひ。ほんとはエチエンヌが踊ってたのは、ジェルマンなのにね」
「マノンさま。人が悪いですよ」
「違うもん。一つは真実、一つは嘘をつくのがこの法廷のルールなんだよ」
二つに一つ。真実と嘘——
ワレスはフル回転で思案した。誰の証言のどこがほんとで、どこが間違いなのか。
ジョスリーヌはなんと言ったか?
踊り場にいたので誰とも踊っていないと。ただ、ジョスリーヌの証言は長すぎて、どの部分が嘘だったのかわからない。
ジェイムズはワレスといっしょに来たのでよく見ていた。ワレスが踊っていたのは、マノンだったと。
そして、マノンはエチエンヌと踊っていた。ワレスの相手は少年だったと述べた。
マルゴはワレスを殺したと、その理由はワレスに去ってほしくないから。
全員が一つは嘘をついている。ならば、全員の証言を照らしあわせて、矛盾を見つければいい。
ハッキリしている嘘は、マノンだ。エチエンヌと踊っていたわけではないらしい。つまり、ワレスは少年と踊っていた。あるいは、これは男装したマノン自身をふくむかもしれない。
マルゴもワレスにずっとそばにいてほしいのは本音だろう。でも、ふだんは我慢している。ならば、ワレスを殺したというのは嘘になる。マルゴが犯人ではない。きっと、ワレスを撹乱させるための嘘だ。
ジェイムズの嘘はどうだろう? ワレスといっしょに来たのほうか? それとも、マノンと踊っていたのを見たのが嘘か?
それによっては、マノンがかぎりなく怪しくなる。
「被害者よ。犯人を指名しなさい」
裁判官にせきたてられ、ワレスはマノンと言おうとした。しかし、何かがおかしい。何かが欠けている。
(情報がたりない)
思いきって要求する。
「まだ、ジェルマンが証言していない。ジェルマンの話を聞かせてくれ」
「……」
しょうがなさそうに裁判官は嘆息した。
「では、ジェルマン。証言を」
ジェルマンが立ちあがる。
「私は奇術の準備をしていたので、誰とも踊ってはいません。そのとき、階段からおりてくるワレスを見ました。音楽が始まる少し前」
すべてがつながった。
だから裁判官はジェルマンの証言を隠したがったのだ。
裁判官は告げる。
「被害者よ。指名しなさい」
ワレスはうなずいた。
「おれを殺したのは、ジョスリーヌ。あんただ」
ジョスリーヌはわざとらしくおどろいている。
「まあ、わたくしが? でも、わたしは二階にいたのよ?」
「ああ、だが、ジェルマンの証言をあてはめれば明白だ。ジェルマンは誰とも踊っていないと言ったが、それは嘘だ。エチエンヌと踊った。ならば、彼の証言の後半は真実だ。そう。おれは階段をおりていた。音楽がかかる直前に。そして、くだけた頭部。高いところから落ちた証拠だ。誰かが、おれを階段からつきおとしたんだ。それができるのは、ただ一人。二階にいたジョスリーヌ。あんただ」
ジョスリーヌは黙りこんでしまった。ワレスは追い討ちをかける。
「あんたは証言のなかで、『わたしがワレスの死体を見たのは一番あとだ』と言った。あれが嘘なんだろう? あんたは誰よりもさきに死体を見ている。なぜなら、おれをつきとばし、落ちていくところを見ているんだから」
すると、ほうっとジョスリーヌは長い吐息をついた。
「そうよ。あなたを殺したのはわたしよ」
「どうして殺したんだ?」
「だって、あなたは生き返るんですもの。ほんとの意味では、わたしにあなたを殺せない。それが悔しかったのよ」
「意味がわからない」
「わからない? 考えてもごらんなさいよ。あなたは落ちて死んだあと、少年と踊ってるわ」
今度はワレスが緘黙しなければならなかった。そこがよくわからない。頭がくだけてるのに、なぜ、みんなはそのあと、踊っているワレスを見ているのか。
ジョスリーヌは大粒の涙をふりしぼりながらつぶやく。
「ここはあなたの愛の深さが、そのまま、その人から受ける苦痛の強さになる。そういう世界なのよ。だから、あなたをほんとに殺せるのは、あなたが心から愛してる人だけよ」
その言葉に、ワレスは衝撃を受けた。
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