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第二話 不可視の殺人
ワレスがとある園遊会に来ていたときのこと。もちろん、後見人のジョスリーヌのエスコートだ。
今日の主役はル・ドルード子爵令嬢キャロンとその婚約者だ。キャロンの両親は事故で早くに亡くなっており、何かと苦労してきた。
その令嬢が弟の十五歳の誕生日を機に、爵位を弟に譲り、ようやく自身の結婚にふみだすのだ。
キャロンは二十九歳、婚約者はその二つ年上で、本来ならもっと早くに結婚したかったのだが、弟が独り立ちできるまで待っていたのだ。
今日は令嬢たちの結婚を報告するためのお祝いの集まりである。
白いドレスを着た令嬢とその婚約者が東屋にいて、皆から祝福を受けている。
場所はもちろん、ドルード子爵家の庭だ。
その発表があることは、招待された客が全員、知っていた。ただ、どんなふうにそれが始まるのかはわからない。
待っていると、時告げの鐘が鳴ると同時に中庭の噴水が天高く水をふきあげた。晴れた空に霧雨を降らせ、大きな虹ができる。
歓声があがった。
素晴らしい演出だ。お祝いごとにはピッタリ。楽士たちが音楽を奏でる。それがやむと、いよいよ、主役の二人が幸せな報告を告げるのだと、誰もが予想した。
ところが、そのときだ。
とつぜん、場にふさわしくない悲鳴が空気を裂く。
見ると、噴水の近くの大木の根元に少年が倒れていた。令嬢の弟のレミだ。そう。つまり、つい先日十五歳になって、ドルード子爵の爵位を継いだばかりの少年子爵だ。
すべての人が立ちつくした。レミが死んだら、姉の結婚どころではなくなる。これは大変なことだ。
悲鳴がやむころには、噴水も止まっていた。虹が消え、ほんのり湿った空気だけが残る。
「レミ!」
やがて、我に返ったキャロンが弟のもとへかけていく。
「しっかりして。レミ、どうしたの?」
少年を抱きおこそうとするキャロンを、招待客たちは遠巻きに見ている。
ワレスは彼らのようすを観察しながら、なんとなく違和感をおぼえていた。
見た感じ、レミは心臓発作か、そうでなければ服毒だ。いきなり倒れて、そのあとケイレンしている。まだ息はあるようだ。だが、蒼白の顔色を見れば、いつ死んでもおかしくない。
「ジョス。あの子は持病でもあったのか?」
「いいえ。聞いたこともないわ」
「ふうん」
ということは、健康上の問題ではない。ますます毒殺が危ぶまれる。
すると、そのうち、弟に呼びかけていたキャロンまで倒れた。
悲鳴がますます激しくなり、失神する貴婦人まで出る。
ワレスはチラリと婚約者を見た。スーザリ男爵令息だったろうか。ファーストネームはグランドンのはず。
彼は婚約者が倒れたというのに、茫然自失なのか、棒立ちになっている。
「ジョス。この屋敷にはおかかえの医者はいないのか?」
「さあ。そこまで親しくないから知らないけど」
「いたら、そいつを。いないなら、モントーニを召使いに呼びに行かせてくれ」
「わかったわ」
モントーニは町医者ではあるが、皇都一と名高い。医者の手配をたのんでおいて、ワレスは騒然とする貴族たちのあいだを進んでいった。
まず令嬢を、それから少年子爵をかかえて、東屋まで運ぶ。
それにはわけがあった。東屋にいたときには平常だったのに、少年のもとへかけつけたとたん、キャロンも倒れた。つまり、その周辺に毒が充満しているのではないかと思ったのだ。もっと言えば、噴水の水に毒が混入されていて、きわめて近くにいたレミがまず症状を表したのではないか、と。
しかし、もしも噴水が毒に侵されていたなら、あれだけ高くあがり、広範囲で霧雨になった。もっと大勢が倒れていてもおかしくないのだが……。
二人の容態はなんとも言えない。キャロンはまだ呼吸がしっかりしている。
だが、レミはそうとうに危険だ。心臓が止まりかけて、呼吸困難におちいっている。
二人とも同じ症状ということは、病気の発作ではない。確実に毒だ。
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