第十二話 ワレスの迷宮

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 バルコンのように張りだした二階の踊り場から、左右に広がる大階段。その下のエントランスホールに、シャンデリアに照らされた死体がころがっている。  さっきより、腐敗が進んでいた。何人もの貴婦人を虜にしてきた黄金の髪もぬけおちて。でも、まだ、ワレスだとわかる。 「あら、ワレス。遅かったじゃない?」  踊り場から声がして、ゆっくりとジョスリーヌが階段をおりてくる。そのあとからは、ジェイムズも。マノンやマルゴもいた。マルゴはワレスの愛人の一人だ。ジョスリーヌの友達でもあるので、ここにいてもおかしくはない。が、皇都へはよりつきもしなかったのに、どうしたのだろう? 「なぜ、もっと早く来なかったの? 死体がすっかり腐ってしまったら、裁判ができないじゃない」  ジョスリーヌが責めたてる。 「裁判?」 「あなたを殺したのが誰なのか、決定する裁判じゃないの」 「へえ」  たしかに、エントランスの両側には長卓が置かれ、ジョスリーヌたちはそこへ左右にわかれて座した。  真正面の踊り場の下には裁判官の席があり、プラチナブロンドの美少年が、華奢な体に不釣りあいな裁判官の黒いマントをつけてすわっている。 「ル……?」  誰だったろう?  ながめていると涙がこぼれそうになる。目の奥が熱い。なのに、思いだせない。  少年は(つち)を打ち、開廷を宣言する。 「これより、ワレス殺人事件の犯人を選定する。被害者のワレスこと本名ワレサレスは、これと思う相手を指名しなさい。もしも、言いあてられなければ、あなたは永遠に地獄をさ迷うでしょう」  犯人を指名と言われたところで、まったく見当もつかないのだが。 「待ってくれ。まずは事件の概要を教えてくれないか」 「よいでしょう。正しい結論を導きだすには、正確な情報が必要です」  パチンと芝居がかって少年裁判官が指をならす。  すると、まずジョスリーヌが立ちあがって証言を始めた。 「わたくしが彼の死体に気づいたのは、一番あとでしたわ。この日はみんなで仮面舞踏会をしていたのよ。このエントランスホールでね。でも、仮面をつけても、ワレスは金髪だから、ひとめでわかったけど。殺すつもりなら、誰にでもできたでしょうね」 「そのときの状況をくわしく話してください」と、少年裁判官。 「仮面舞踏会が始まってすぐに、みんなはそれぞれ二人ずつペアになって踊りだした。舞踏会ですからね」 「そのペアはどうやって決めたのですか?」 「音楽が鳴りだしたときに、もっとも近くにいた人と組むのよ。だから、男同士や女同士のペアもあったわね」 「あなたは誰と踊りましたか?」 「わたくしは主催者ですもの。踊り場の上から見ていたわ」 「そう。それで?」 「ワレスが誰かと踊っていたわ。でも、わたくしの位置からはよく見えなかった。しばらくして一曲めの音楽がやんだとき、とつぜん悲鳴が聞こえたのよ。誰かが『死んでる』と叫んでいた。おどろいて、階下をのぞきこむと、ワレスが倒れていたの」  ジョスリーヌは話しながら、ハンカチで目の端をぬぐう。でも、その仕草は、やはりどこか芝居がかっている。 「ワレスと踊っていた相手が彼を刺し殺したのよ」  ワレスはビックリして口をはさんだ。 「刺した? どう見ても頭がくだけてるのが死因だろう?」 「何を言ってるの? ワレス。ごらんなさいよ。死体は胸を刺されてるわ。心臓をひとつきよ」  たしかに、いつのまにか、エントランスホールになげだされた腐乱死体の胸には、ナイフが刺さっていた。だが、頭も割れたままだ。なんだか、だんだん、それが自分だとは思えなくなってくる。 「まあ、もう死因はどうでもいいよ。おれは誰と踊っていたんだろう? 誰か見てないのか?」  コンコンと裁判官が木槌を鳴らす。 「被害者は静粛に。では、ここで二人めの証言者よ。あなたは何を見ましたか?」  次に立ちあがったのは、ジェイムズだ。 「私はワレスとともに屋敷をおとずれました。なので、音楽が始まったとき、彼が誰と踊っているのかよく見えました。相手は少年の服を着ていました。だから、きっと、ワレスと踊っていたのは、マノンだと思います」  マノンなら、たしかにそのくらいのことは平気でやりそうだ。動機はワレスがいつまでたっても自分のものにならないから、だろうか?  だが、どうしたことか、ワレスが見ると、ジェイムズは目をそらした。ジェイムズは嘘をついている?
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