第二話 不可視の殺人

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 広間に一同が集まる。幸いにして、姉のキャロンは意識をとりもどしていた。ほかにはグランドン。家令のヘンリーも来ている。もちろん、ワクワクしているジョスリーヌも。  ワレスは彼らの前で謎解きを始める。 「大勢の見守るなかで、誰がレミを殺そうとしたのか? どうやって? 使われた毒は即効性だ。だから、あの瞬間に、レミが毒を摂取したのはまちがいない。なのに、レミが倒れる直前、誰も彼のそばにいなかった」  くずれるように泣きだしたのは、キャロンだ。 「やっぱり、レミはわたしの結婚をゆるせなかったのね。だから、そんな方法で抗議しようと……」  令嬢の肩をグランドンが抱きよせる。 「キャロン。君のせいじゃないよ。レミは繊細な少年だったから」 「いいえ。わたしのせい。レミはあんなに反対したのに……」  そのようすをながめ、ワレスは核心に迫る。 「キャロン。あなたは今、レミがあなたたちの結婚に反対するために、自殺を試みたと言った。なぜ、そう思ったんですか?」 「えっ? だって……ええ、そうね。なぜかしら?」 「いつも、かたわらにいる人が、そうささやいていたからじゃないですか?」 「どういうこと?」  ワレスはいったん話をそらす。 「誰も周囲にいないとき、とつぜん倒れたら、当然、誰もが思う。当人が自分の手で毒を飲んだのだと。だが、じっさいにはそうじゃなかった。犯人はあの木の下が、レミの庭での定位置だと知っていた。だから、あの木の真下にいる人だけが毒を浴びるように、その前日に細工をしたんだ」  キャロンは首をふる。 「あの木の下にいるからって、みんなが見ている前で、どうやって毒を浴びせるの?」 「それはかんたんです。あなたたちの結婚発表の余興で、定時になると水門がひらかれ、噴水が高くあがることが決まっていた。その時間がくれば、ほっといても毒はレミの上に降りそそいだ」 「噴水の水が毒だったと?」 「いえ。噴水は調べたが、無毒だった」 「じゃあ、どうやって?」 「使われたのは、植物性の毒だ。人間には猛毒だが、樹木にはなんの影響もない」  キャロンはわけがわからないという顔をしている。  ワレスは彼女の目をのぞきこんだ。 「レミは言っていた。噴水が高くあがると、いつもの場所に水滴が落ちて、本が読めなくなると。つまり、毒はレミのお気に入りの場所の頭上。あの木の枝にあった。枝全体の葉というべきか。 おそらく、犯人は夜中のうちに、毒を混入した水を枝全体にかけた。水は乾き、葉や枝に毒が付着する。そして、噴水が高くあがったとき、その水に溶けて、レミの上に降った。だからこそ、直後にレミのもとへ行ったキャロン。あなたも倒れたんだ。あの木の下で、噴水のまきちらした飛沫を受けたから」  キャロンはよろめいた。  彼女は最初から弟が自殺したのだと信じこんでいたのだろう。 「あなたにずいぶん前から、レミとの不仲を訴え、あの子が自殺するかもしれないと言い聞かせていた人物。それが、犯人だ」  キャロンは涙をこぼしながら、となりに立つ男を見あげる。 「な……バカな。何を言ってるんだ」  反論しようとするの言葉を、ワレスはさえぎる。 「最初から疑問だったんだ。レミが倒れ、キャロンはすぐに弟のもとへとびだした。なのに、はキャロンが倒れても助けに行かなかった。おかしいじゃないか? いよいよ二人は結婚するんだろ? 愛する人が死にかけてるのに、ただ見てるなんて。なぜなら、あんたは知ってたからだ。そこへ行けば、自分も毒にやられることを。そうだよな? グランドン」  グランドンはその場にへたりこんだ。  * 「グランドン。ドルード家よりもっとお金持ちの令嬢との結婚話が出ていたんだそうよ。キャロンがジャマになったから、殺そうとしたのね」 「レミは彼のそういう二面性に気づいていたんだ。それで二人の結婚を反対していた。自分の評判が落ちては困るから、グランドンはそんなレミごと姉弟を消そうとした。レミに何かあれば、キャロンがかけつけることは予測できたからだ」  帰りの馬車のなか。  ワレスの推理が聞けて、ジョスリーヌは満足顔だ。 「何よりも、レミの意識が戻ってよかったわ」 「そうだな」  ワレスが早めに処置したのが功を奏したのだ。  それとも、弟を思う姉の深い愛が奇跡を起こしたのだろうか?  なんにせよ、次にあの庭に噴水の作る虹が見えるときは、みんなが笑っているだろう。  了
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