第三話 透明な季節

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 本来、父兄や男子が女子寮に入れるのは面会室だけだ。  そこで、ワレスは友人のジェイムズを手紙で呼んだ。ジェイムズは裁判所が独自に持つ調査機関の役人なので、こんなときに重宝する。 「ワレス。寮長に交渉してきたよ。事件の解決のためだから、なかに入っていいって。そのかわり、半刻(一時間)で解決しなさいって」 「いくらなんでもムチャじゃないか?」 「しかたないよ。頭のかたいご婦人だから」  ワレスはふところから黄金細工の懐中時計をとりだした。今から半刻で謎が解けるだろうか?  でも、それをしなければ、マノンは人殺しの罪で咎人(とがびと)の塔に一生、幽閉されるだろう。庶民なら人を殺せば打ち首だが、貴族なので刑がかるい。それでも、一生を暗い塔で一人すごすのは、想像するだけでもつらい。  なんとか事故だったことにして、相手の遺族と示談をまとめるしかない——と、ワレスは考えていた。  さて、いよいよ、ワレスはジェイムズとともに女子寮へ入る。玄関ホールわきの面会室を出ると、廊下に女の子があふれていた。十二、三から十六、七歳の少女がいっせいに、ワレスをかえりみる。 「キャア。なんて素敵な貴公子なの?」 「きれいなブロンド……」 「王子さまみたい」  こうなることは目に見えていた。自慢げに、マノンがワレスの腕にぶらさがる。もしかして、これがしたかったから、友達を……。  とにかく、時間が制限されているので、急いで、マノンたちが茶会をしていたという小サロンへ行った。ジェイムズが段取りよく、関係者をこの部屋に集めている。  マリーもジュリーも初々しい少女だ。よくいる深窓の令嬢である。フランソワーズは将来、美人になりそうだ。アントワーヌだけ、ちょっと毛色が違う。ややぽっちゃりして、それはそれで可愛らしい。  みんな、青春のさなかにあるからだ。生命にあふれる小鹿のようなものである。  小サロンに入ってきたワレスを見ると、少女たちはみんな真っ赤になった。そのくらいものすごい美男子だ、という自覚は、ワレスにもある。 「昨日の事件の話を、みんなから聞かせてほしい。エクエレンテが倒れたときだけど」  少女たちはワレスの美貌に目をくらませて、なんでも話してくれた。 「エクエレンテはね。昨日は頭痛がするって言ってたよ。あの子は雨が降る前に、よく頭痛がするのよね」 「でも、昨日は雨、降らなかったけどね」 「お菓子を食べて最初に感想を言うのが、ホステスの役目なの。だから、エクエレンテが食べて」 「そのあと、急に倒れたの。椅子がよこ倒しになって、エクエレンテは胸をおさえてたわ。青くなって、泡をふいて」 「怖かったよね」 「ねえ」  マリーとジュリーは双子のように息ピッタリで、よくしゃべる。 「お菓子を食べてすぐ、か。即効性の毒ということか? そのとき、エクエレンテはトッピングには何を?」 「生クリームよ」と、マリー。 「いっしょにお茶は飲まなかったのか?」 「飲もうとしてるときに倒れたから」と、ジュリー。  つまり、茶会で口にしたのは、マノンが提供したメレンゲだけ。これは確実にメレンゲに毒が入っていたことになる。 「ちなみに、この少し前に昼食を食べたとか?」 「昼食はみんなが同じものを食堂で食べるのよ」と、マリー。 「みんなは食べてなくて、エクエレンテだけが口にしたのは、お茶会のお菓子だけ」と、ジュリー。  ということは、やはり、マノンが友達を……?  マノンを見ると、顔をひきつらせて首をふる。 「ボクじゃないよ!」  信じてやりたいのだが、なかなか、そうできるだけの証拠が出てこない。 「じゃあ、その菓子は誰が作ったんだ?」 「ボクのお母さまだよ。お母さまはお菓子作りが趣味なんだ」  マノンの母親はごく常識的な貴婦人だ。娘の友達を無差別に殺そうとするとは考えられない。 「その菓子、残りはどうした?」 「もちろん、すてたよ」  保管してあれば、毒入りかどうか調べられたのだが。 「菓子を盛りつけたのは?」  マノンがまっすぐ手をあげる。 「ボクだよ」 「一人で?」 「えーと、アントワーヌが手伝ってくれたかな」  ぽっちゃりの子が青くなった。 「えっ? わたし? わたし、毒なんか入れないわ」 「しかし、君とマノンには機会があった」 「わたし、そんなことしない!」  グスグスと泣きだしてしまった。  どうやら、エクエレンテを殺すことができたのは、マノンとアントワーヌ。この二人だけだ。  それにしたって、育ちのいいお姫さまの集まりだ。即効性の毒なんて、どこで手に入れたのだろうか?  また、友達を殺したいほど憎いと思うことがあるのか?
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