きららとキラルンと雲母(きらら)

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「人間が『自分が一番可愛い』生き物である限り、そうだろうな。リアルだろうが仮想だろうが、お互い他人の快不快を気にすることによって社会は成り立ってる。醜悪で鼻持ちならない自己愛に満ちた『ありのままの自分を肯定してくれる』場所なんてあるもんか」  共通の価値観、共通の嗜好、気分の浮き沈みで繰り出す独りよがりな本音やエンドレスな自分語りに一晩中でもつき合ってくれて、望んでいる言葉を的確に返してくれる言葉のキャッチボール……そんなのは硬式球を初めて握る子どもにメジャーリーガーがつき合っているようなもので、フォロワー一人一人に相応のギャラを払うのでもなければそんな芸当こなせるのはAIくらいだ、と鍾矢は辛辣に続けた。  きららの兄である彼は情報工学系の大学院生でありB⭐︎Sの開発者である。  ネット上の誹謗中傷は「指先の殺人」とも呼ばれ、世界的な社会問題にもなっている。法的責任を問おうとすると、被害者の側は多額の費用と膨大な手間暇及び心理的負担を負わねばならない割に、加害者を自殺教唆や間接殺人で裁けるわけでもない。  衝動的な自殺遂行直後、騒動を心配して様子を見にきた鍾矢がいち早く発見した事もあって、キラルンこと林葉きららは心肺停止状態から奇跡的に一命をとりとめた。だが後遺症は残った。 「お兄ちゃんが人間不信気味なの、私のせいなのかもね。心配かけてごめんね……」  きららは申し訳無さそうにうなだれた。 「ネットアイドルとしてキラキラ輝いていたはずのたった一人の妹を、見ず知らずの連中の悪意であやうく失くしかけたらそうもなるさーー」  鍾矢はそう言うときららの頭を抱えるように抱き寄せた。 「いや、君を責めてるわけじゃないんだ。きららは十分過ぎるほど苦しんだし何も悪くない。悪いのは匿名性に隠れてほんの軽い気持ちで『安全圏から炎上に参加しただけ』のつもりでいる加害者達だ。アカウントを消して黙っでやり過ごさせたりなんか絶対させるもんかーー」  もっとも彼らに晴れて多額の慰謝料と刑事罰、『デジタルタトゥー』を含めた社会的制裁が科せられたとしても、不倫や問題発言の有名人を正義感ヅラして執拗に叩く人なんかは無くならないんだろう。そういう時の脳はドーパミンが出てて一種の依存症状態らしいし、と鍾矢は続けた。
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