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「もうあとがないわね」
その声は楽しげに告げた。
俺は声を無視して目の前の薔薇の花を見つめた。雌しべのみ残した花の残りは三つ。
俺は熱狂的なロザリアンだ。俺は薔薇を愛して愛して愛しまくっている。薔薇の為なら死ねるし、薔薇を残して死ぬわけにはいかない。
そして、薔薇の育種家でもある。
この薔薇の交配が成功したら、憧れの彼女にプロポーズする、そう決めていた。
彼女も育種家仲間だ。先日、彼女の作り出した美しい薔薇を分けてもらった。その品種に、俺の作り出した品種を掛け合わせて、新たな美しい薔薇を作る。プロポーズの言葉はこうだ。
「君とこんな美しい子供を作りたい」
「キモい人ね」
その声は楽しげに告げた。俺はまた無視した。周りに人はいない。多分これは俺の気の弱さが作り出している幻聴に違いないから。
二週間後。俺はがっくりと膝をついた。
交配した薔薇は、実をつけることなく花首からぽとりと地面に落ちてしまっていた。
「ああ、これじゃ彼女にプロポーズできない……!」
「つまりその程度の気持ちだったってことでしょ」
その声は楽しげに告げた。
「なんだと?!」
俺は幻聴に返事をした、はずだった。
が、声のしたほうには美しい女性が立っていた。
「あれが成功したら、これが成功したらって。成功しなきゃプロポーズする勇気もないじゃない」
失礼なことを言われている気がしたが、俺は目の前の彼女の美しさに心を奪われていた。
「はじめまして! 俺と結婚してください!」
その声は嬉しげに応えた。
「喜んで! でも、はじめまして、じゃないわ。あなたはあたしを熱狂的に愛してくれているじゃない」
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