見張りバイト 時給一万円

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 先日、ある張り紙を見つけた。バイトの募集を呼びかけるものだった。 「見張りバイト 見張りをしてくださる方を探しています。一晩限りのバイトです。尚、見張りの間は何をしていただいても構いません。」 バイトの内容について色々書かれていたが、俺の目を引いたのは別のものだった。 「時給……一万円」 それは常に金欠状態の男子大学生の足を止めるには十分な金額だった。その後、家に着くなり電話し、面接の日時と場所を伝えられた。  その面接にどうにか受かり、今見張り対象であろう井戸の前に着いたわけだが、その雰囲気になんとなく気圧されているのが正直なところである。面接時に、霊感はあるかとの質問を受けたのはこういうことだったのかと一人納得する。もともと霊感どころか幽霊の存在を信じていないため、その時は無いと答えたがここが肝試しにもってこいな場所であることは間違いない。ここで一晩過ごすのかと考えながら、傍の用意してくれたであろう椅子に腰掛ける。リュックサックを隣に下ろし、早速持参したゲーム機を取り出す。面接で受けたバイト内容の説明は以下のようなものだった。おかしな音が聞こえるとの噂がある対象物を一晩見張る、一時間ごとに様子を通話で報告する、見張る間は何をしていてもいい。 通話のため充電は残しておいた方がいいと思い、ゲーム機で時間をつぶすことにしたのだ。しかし、説明で一つ疑問に思うことがあった。対象物を絶対に使用しない、というものである。わざわざ言わなくとも井戸を使う機会なんてほとんどないだろうし、やはり“いわくつき”なんだろうか。まあ、想像以上に話が長く、所々しか話を聞いていなかったのは自分なんだが。実は対象物が井戸だったかも曖昧なほどである。もしかしたらちゃんと説明されたのかな、と今更ながら思う。  特別なことが起こるわけでもなく、ただ時間だけが過ぎていった。ゲーム中にずっと下を見ていたため昨日寝違えた首の痛みが微かに蘇ってきたところで、そろそろ電話しようと思い、スマホを取り出す。最近は一人になる時間がなかったため、孤独を感じていることも少なからずあっただろう。大学生にもなって情けない。数コール鳴らすと、画面の向こうから「はい」と男性の声が聞こえた。 「あの、見張りを引き受けた瀬戸ですが……。」 そこまで言うと、男性は 「ああ、どうですか?何かおかしな事や気になることはありましたか?」 と質問してきた。 「今のところ、特に何も起こってません。音も聞こえないです。」 「それは何よりです。では、引き続き見張りをお願いします。」 「あ……あの!」 電話を切られそうになり、寂しさから反射的に引き留めてしまった。 「はい、何か?」 かといって話題があるわけでもないので、仕方なく先ほど疑問に思ったことを聞いてみることにした。 「あのー、対象物を使っちゃいけないって、どうしてですか?」 「あれ、説明されていませんでしたか?」 しまった、と思った。説明されていた可能性もあることを考慮していなかった。半分諦めて「いえ、忘れてしまって」と返す。 「使った人は、必ず三日以内に亡くなってしまうと噂なんです。」 驚きはしなかった。むしろ、そんな小学生しか怖がらなそうな噂のために時給一万円も出せることが純粋に凄いと思った。 「こんなのただの噂だと思うでしょう。でも、実際に人が亡くなっているんです。」 そう言われても、幽霊を信じない俺は何とも思わなかった。そんなの、この井戸のせいだという証拠はないじゃないか。 「はぁ……そうなんですか……。」 「みんな使うものですし、リサイクルショップとかで出回ったりして誰でも手に入れられるので、被害者の数は結構多いらしいですよ。」 その言葉に違和感を覚えると同時に、首の痛みが増した気がした。 「これは……恐らく言わない方が良いんでしょうが、その椅子を作ったのはイギリスで絞首刑に処された人らしいですよ。それに座った方々はみんな、亡くなる直前に首の激痛を訴えていたそうです。」 話を聞いている間も首の痛みは増幅し、もはや“寝違えた”で済ませられないレベルになってきていた。
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