談話室の夜

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談話室の夜

 その後部屋へと通され暫くのんびりと過ごしながらランバートに最近の様子を聞いたりしている間に夕食時となった。  ランバート、ゼロス、ボリスはここで一旦退却。特にランバートにはこの後の軽食を頼んでしまったから忙しいのだろう。心なしか足早に去って行った。後でお礼を入念に言っておこう。  近衛府に案内されて行った先では、穏やかそうな女性と活発そうな男の子がカーライルと一緒にいた。  なるほど、確かに華やかさはない。が、きっと芯の強い女性だろうとその目を見て分かった。こちらを真っ直ぐに見て微笑む姿は大らかな海のようだ。  デイジーと名乗った彼女は優雅に一礼する。流石元王女、教育がなっている。こちらもそれに返した。  何処か安心した。カーライルには派手な女性は似合わないように思っていた。だからといって弱い女性では国を支えられない。皇帝カールの妻であり、私人カーライルの妻でなければいけないのだ。  その点、彼女はきっと大丈夫だろうと思えた。  側にいた子はトコトコとアルヌールの側まで来ると不思議そうに見上げ、次に顔全部で笑った。その愛らしさと素直な好意というのは笑ってしまうもので、思わずアルヌールは抱き上げていた。 「俺に会えて嬉しいか、坊主」 「うん!」 「おぅ、いい子だ!」  王子イライアスはキャッキャとはしゃぎ、デイジーは慌てカーライルは腹を抱えて笑っている。なんとも温かい光景だ。  が、この王子はきっと強いだろう。物怖じもしない、だがちゃんと観察はした。敵か味方かを見ていたか、自分にとって大丈夫な相手かを定めたか。そして良いと思えばこの親しさだ。カーライルの豪胆さを見事に継いだ。  これを思うと我が子リシャールが心配になってくる。あの子は奥の穏やかで優しい気性を継いだようだから、イライアスに負けてしまうかもしれない。何十年もあと、王として対峙した時にどうなるか既に心配だ。  まぁ、敵対などしないように幼い頃から会わせてリシャールには面倒を見るよう言っておこう。あれは面倒見がいいからな、大好きなお兄ちゃんポジションなら大丈夫だろう。  そんな事でカーライル家とアルヌールでの小さいが肩肘張らない晩餐となり、お互いに会えなかった間の話をしてそれにデイジーが驚いて。途中イライラスが「あーん」とせがむので喜んで餌付けをしているのをカーライルが大笑いしていた。  なんとも心和む時間だ。 ◇◆◇  夕飯も終わり、デイジーとイライアスは先に休む事になった。  正直イライアスは「遊びたい」とせがんだが、明日遊ぶと約束して今日は引き取られた。意外と理性がきくようだ。  そうしてカーライルと共に奥院の談話室へと向かうと既に室内から気配がしている。楽しみにドアを開ければ知った顔ばかりだった。  その全員が最上礼をするのだから居心地が悪い。カーライルも同じで苦笑し、早々に「無礼講で!」と命が下った。 「アルヌール様、お久しぶりでございます」 「おぉ、シウスか。ラウルも久しいな。息災か?」 「はい、おかげさまで。その節は有り難うございました」 「なに、俺の方こそ助かった。お前達のおかげで五月蠅い鼠を捕まえたんだからな」  手前にいたシウスとラウルが立ち上がり、シウスはやや堅苦しく、ラウルはにこやかに挨拶してくる。ここが夫婦とは、なんとも言えないものだ。  シウスは静かに状況を見定めて動く奴で、実に頭が回る。多くの言語を習得し、状況を読みこちらの心中も読む。この国が軍事的外交で良い状態を保てているのはこいつのおかげだろう。 「それにしても、本当に夫婦なんだなお前達。シウス、お前は可愛い子が好きだったか」 「語弊があるので訂正いたしますが、私はラウルが好きなのであって幼子が好きなのでは決してない。そこを誤認せぬよう、お願い申し上げる」  少し突いただけだったが、思い切り剣呑とした目で睨まれた。無礼講というのでその辺容赦はないということか。怖いな。 「もぉ、早速刺激しないでよアルヌール様。シウスそれ言われすぎて過敏なんだから」 「ふん、どいつもこいつも犯罪だなどと言いおって。私は罪など犯しておらぬぞ」 「拗らせてんな……」  笑いながらフォローに入ったオスカルの隣には綺麗な青年がいるが、恐らく歳はあまり変わらない。そして微妙に顔を知っている。 「紹介するね、アルヌール様。僕の伴侶でエリオット」 「お久しぶりです、アルヌール様。医療府を預かっておりますエリオット・ラーシャです。以前お会いしたときとは肩書きが違っていて、分かりませんか?」 「……お! 騎兵部副長の美人さんだ!」  思い出した事に嬉しく声を上げた途端、オスカルが笑顔のまま不穏な空気を漂わせている。そしてもの凄くいい笑顔でアルヌールを見た。 「エリオットが美人でも手を触れないでね。彼は僕の伴侶なんだから」 「信用ないな。大丈夫だぞ」 「王としてのアルヌール様は信用できるんだけどな。下半身事情がクズすぎるんだもん」 「失礼な。俺は人様のものに手を出すような男ではないぞ。フリーなら欲しい」 「下半身クズ」 「こら、オスカル!」  吐き捨てるオスカルを慌てて嗜めるエリオットはお母さんっぽかった。母性か、あるかもな。  そんなエリオットとオスカルから少し離れてクラウルはこちらを警戒している。そして目が合った途端、明らかに逸らした。  そんな事をされたらこちらから挨拶に行くしかないだろう? ニヤリと笑い近づいていったアルヌールに、クラウルは既に警戒マックスだ。 「よぉ、クラウル。久しいな」 「はい、お久しぶりですアルヌール様」 「ほぉ、硬い顔をしているがそんなに俺に隠しておきたかったか? 恋人の事」 「っ!」  途端、殺気混じりの気配が抜けた。流石にヒヤリとする。が、それ以上にこの男の狼狽というのは珍しすぎて面白い。 「つれないじゃないか、クラウル。知らん仲でもないというのに黙っているとは」 「そんなプライベートな事までお知らせするような仲ではないと思いますが」 「留学の時はよく一緒に酒を酌み交わしただろ? サシ飲みした奴は友だぞ」 「そんな理屈は通りません。それに、何故ゼロスを護衛に付けたいなどと。おかげでこちらは大事な時間を割かれているというのに」  クラウルの怒気が更に強まった気がする。どうやらそこが気に入らないようなのだ。  アルヌールがゼロスを指名した理由は、単純に面白がっただけじゃない。その実力も認めていたからだ。常に周囲に気を回していたし、指揮もできていた。ランバートの双璧と言って過言ではなかったので頼んでみた。何より気心が知れているのがいい。  が、クラウルからしたら恋人が下半身クズの側に長時間いる状況だ、睨まれても仕方がないだろうが……信用ないなぁ。自業自得だけど。  さて、なんて弁明したものか。思ったが、救いのでは意外な所から伸びた。 「俺の仕事についてまで口出しをしないでください、クラウル様」 「ゼロス!」  ランバートを手伝って料理を運び込んでいたのだろうゼロスがジトリと睨みながらクラウルの隣に立つ。そして堂々と頭を下げた。 「失礼いたしました、アルヌール様。少々過保護が過ぎる所がありまして。後で言っておきます」 「ゼロス! だがこれは本来近衛府の仕事でお前は」 「それでも受けたのは俺だぞ。何か不服が?」 「いや、だが……」 「ちゃんと時間になれば戻るだろ。夜間の警備は近衛府がしてくれるんだ」 「それは分かっているが」 「俺の仕事にまで口を出すというなら、一度話し合いが必要になってくるが?」 「…………」  静かながらもしっかりとクラウルに釘を刺すゼロスを前に、アルヌールはある意味感動を覚える。この男を御せる相手がカーライル以外にもできたとは! 「ゼロス、お前凄いな」 「アルヌール様、この人をあまり刺激しないでください。そして願わくばあまり酒を飲ませないでください。被害が飛び火します、主に俺に。その場合、明日貴方が睨まれると覚悟してください」 「……え、こいつ酒飲んでも変わらないぞ!」  やや困り顔のゼロスにそう願われたが納得はしていない。なにせクラウルとは飲んだ事があるが、こいつはまったく様子が変わらないのだ。  が、ゼロスは思い切り溜息をつく。 「昔と今では様子が様変わりしておりますので」 「……ほぉ」  それは、まぁ……飲ませてみたいよね。  なんて悪い事を考えるアルヌールだった。  そうこうしている間にも美味しそうな料理が運ばれてくるが、主に運んでいるのはファウストだったりする。この男がせっせと小間使いのように給仕をしているとは想像がつかなかった。 「ファウスト、お前が運んでいるのか?」 「ランバートは作る方で手一杯なので」 「……美味そうだな」 「美味いですよ、俺の伴侶の料理は」 「伴侶!」  そういえばこれ見よがしに指輪をしている。つまり……。 「結婚、したのか」 「一年経ちました」 「うおぉ」  もの凄く幸せそうに笑うファウストという衝撃。常に周囲を睨み警戒し、お堅い印象があった奴とは別人だ。 「クラウルももう少しで結婚一年ですよ」 「そっちもか!」 「あはは、アルがパニクってる」 「これがパニクらずにいられるか! ちくしょう、お花畑め!」  そうこうしている間に最後の料理なのだろう大量の焼き鳥を抱えたランバートが入ってきて、どうにかこうにか乾杯の運びとなった。 「それにしても、帝国は本当に色んな意味で変わったな。主にお前等が」 「ん?」  周囲を見ても皆が伴侶の隣にしっかり居座っている。寧ろ嫁達が色々と気にしている。これはこれで面白いが切ないものだ。 「いいでしょ、美人の伴侶」 「オスカル……」 「ずっと片思いだったけれど、ようやくね。そこからも長かったけれど」 「お互い忙しかったですから。でも、本当にしっかりと形を付けてくれたので嬉しいですよ」 「僕も嬉しいよ。家族にも紹介できたし、結婚式もあげられたしね」  なんて、堂々イチャイチャするオスカルがアルヌールを挑発する。正直に言えばやや羨ましい。エリオットは男から見ても美人だ。 「皆、本当に長い間温めてたんだよね。私はデイジーとあまり恋人の時間がなかったなぁ。まぁ、状況的に仕方がないけれど」 「陛下はその分今すごくイチャイチャだと聞きますよ」  というのはランバートで、オスカルもニヤリと笑う。が、シウスは少し困り顔だ。 「そろそろ二人目、なんて声も周囲から聞かれるようになったなえ。やれ、下世話な事じゃ」 「まぁ、国の安定を考えればもう少し子がいてもというのはあるな。三人くらいまでは」 「もぉ、みんな気が早いんだから。イライアスだってまだ小さいのに」  なんて言いながらも満更ではない様子だ。カーライルのデレとは珍しい。 「少し、羨ましいです」 「ん?」  小さな声に皆が反応する。その声の主であるラウルは、途端赤い顔をした。 「いえ! あの……家族が増えるのって、いい事だなと思って。僕は孤児だったので」 「ラウル……」  途端、シウスが思い切り抱きしめていた。 「すまぬな、産んでやれるものならばいくらでもだが、流石に出来る故」 「それは望んでません!」 「騎士を引退したら子を引き取ろうか。なに、困らぬ程度には貯金しておくぞ。それとも孤児院に出資しようか」 「もぉ、そんなに気を回さないでください。ちょっとだけ、いいなと思っただけなんですから」  ぽんぽんと頭を撫でるラウルが笑う。それにシウスも微笑んで大事に抱えて。なんとも幸せな光景だ。  それを見ているクラウルの目が何気にゼロスへと移っている。が、ゼロスは無視を決め込むようだ。 「子は悪くないが、なかなか疲れるぞ」 「そういえば、ファウストの甥っ子は元気?」 「あぁ、元気すぎるくらいだ」 「行く度に抱っこをせがまれるんだよね、ファウスト」 「背が高いからな、景色がいいんだろう」  そう言いながら穏やかに微笑むこいつも初めて見た。随分柔らかくなったものだ。 「そういえばランバート、お前はどうやってこの堅物を落としたんだ?」 「え?」  恋バナと言えば馴れ初めが気になるもの。だが、何故かランバートは固まった。そして隣のファウストをチラリと見る。見られた方もまた、酷く居心地悪そうだ。 「大変だったんだよね、あの時」 「そうさな。本当に大変であった」 「そうなの? 実はその辺、私は知らないんだ」  うんうんと頷くシウスとオスカルにカーライルまで乗っかってしまったら話さなければいけないムードになる。観念した二人はぽつぽつと、当時の事を話し始めた。 「……ファウスト、お前本当に面倒臭い奴だな」 「うっ」 「ランバート、苦労したんだね」 「いえ、陛下そんな。俺は苦労なんて」  結果、ファウストは肩身の狭い思いをし、ランバートは弁明に忙しくなった。 「その後も色々あったけれど、収まるところに収まるものなんだよね」 「そうさな。本当にこの二人に関してはエピソードが尽きん」 「ほぼ戦いですけれど」  なんてあちこちから苦笑が漏れる。 「何にしても、もう昔の事ですよ。今は幸せなので」 「ランバートは凄いな」  思わず感心してしまうものだ。 「で、ファウストはいつもこんな美味い料理を食っているわけか。太らないのか?」  目の前に並ぶ数々の料理は本当にどれも美味い。おつまみ程度だと言われたが品数も多いのだ。  トマトとモッツァレラのカプレーゼ、ナスとズッキーニのチーズ焼き、タイとサーモンのマリネ、ホタテとエビのシュリンプ、オレンジとグレープフルーツのマチェドニアなど、数が多くて色が鮮やかだ。 「常にこいつの料理が食べられるわけではないので。月に一度くらいか」 「まぁ、騎士団にいる間は肥満など心配はないな。食べないともたない」 「それには同意します」  どんだけ激しい訓練してるんだこいつら……。  明日は夕方まではフリーだから、いっそ騎士団の訓練も視察してみようか。なんて思ってしまうアルヌールだった。 「最近騎兵府は特に大変だよね。補佐が有能すぎて軍神が暇だから」 「その分訓練をつけているだろ。強くなる事は悪いことじゃない」 「その訓練が鬼過ぎるというのが、隊員達の本音だと思いますが」 「そうそう」  苦笑するエリオットにオスカルが肯定する。が、こいつの手が余っているとなれば訓練の激しさは容易に想像がつく。そしてそれを可能にしているランバートの有能さよ。 「お前、やっぱりジョシュアの子だったか」 「そうですが?」 「ランバートは本当に有能だよね。まぁ、一緒に仕事はしたくないかも」  なんてカーライルは笑っている。そういえば彼とジョシュアはしばしば政策で対立していたか。ジョシュア曰く「詰めが甘い」らしいから。  そんなカーライルが仕事したくないということは、ランバートはアレに似ているのだろうか。 「俺は騎士が性に合っているので、政治家に転向なんてことはありませんよ」 「それを聞いてほっとするよ」 「そういやお前達、ウェールズとやり合ったって? そのへんどうよ」  実はその辺の情報も欲しかったりする。ウェールズはクシュナートにとっても無関係ではない。事を荒立てぬように今はしているが、あちらの出方次第では怪しくなってくる。  が、面々は微妙な顔をするばかりだ。 「現王の御代ではあまり心配もないそうじゃ」 「次の王次第って事か」 「今は小物。だが次に王となる者によっては大成するかもしれない」  ってことは、軍事の備えは十分にしておくにこしたことはない。  三国同盟が成立し、後方と側面の安全は保証された。が、クシュナートと隣接する国は他にもある。それはジェームダルも同じだ。この二国にとって帝国が盟主となり同盟が成立した事は大きい。自国が攻め込まれた時のバックアップと食糧需給をお願い出来るのだから。  同時に帝国は他大陸というものが見えてくる。  何にしても、頼もしい隣人だ。 「なぁファウスト、明日お前達の訓練にジョルジュぶちこんでいいか?」 「それは構いませんが、体力や健康状態は大丈夫なのか?」 「……やっぱ、視察で」  あれでクシュナートの重鎮である。死なれちゃ困る。  酒宴は徐々に酒も入っていく。そうなると少しずつ何かが外れていくものだ。 「ゼロスは可愛い」 「あぁ……うん。クラウル、お前そんなだったか?」  しっかり出来上がったクラウルの目が据わっているのが逆に怖い。え、惚気? 嫁の前で? ゼロスがもの凄くいたたまれない顔をしているから止めてあげて? 「こいつと巡り会えた事がまず俺の幸運だった。俺の事を分かってくれる。その上で許して受け入れてくれる器の大きさだ。こいつで無ければ結婚など考えもしなかった」 「あぁ、まぁ、大きいよなそういうの。分かったからお前、嫁の顔一度確認しな?」 「キスしたい」 「いや、流石にそれは止めてやれよ」  え、こいつ酔うとこんななの?  呆然と相手をしているアルヌールはゼロスを哀れみの目で見る。それを周囲も哀れみの目で見ているのだが、いつものことなのか反応が薄い。 「なぁ、クラウルってこんな奴だったか?」 「うーん、どうかな? これが本性というか、本来なのかも?」 「カーライル、お前付き合い長いだろ。止めてやれよ」  主にゼロスの為に。  だが、周囲はもう止める気はないようだ。 「いいんじゃないかなって。ストレスの溜まる仕事だから、何処かで吐き出させてあげないと」 「いや、違う方面にストレスかかってるだろ。ゼロス可哀想になるだろ」 「それについては問題ない。後で正座説教だろうし」 「既にアウトだしね」 「え、こいつに正座で説教するのお前。凄いな、尊敬する」  真顔でゼロスを見て言ったが、彼は青筋たててとてもいい笑顔だった。  その斜め前では眠そうなラウルを抱えて幸せそうに微笑むシウスがいる。これもまた、なんとも言えない二人の空間だ。 「シウス様、ラウルも限界ですしそろそろお休みになられては?」 「だが」  シウス自身はまだいられるのだろうが、ラウルは膝の上でずっと静かに胸に身を預けて目が閉じそうだ。なんとも癒されるが、同時に幸せそうでこっちが寂しい。 「いいぞシウス、伴侶が大事だろ」 「そうだよシウス」 「申し訳ない、アルヌール様、陛下」  申し訳なく頭を下げて大事にラウルを抱えてシウスが退席すると、他の面々も徐々にそのような流れになっていく。 「クラウル様、俺達も失礼させていただきましょう」 「ゼロス、もう少し」 「これ以上いると言うのなら、俺は護衛任務中部屋に戻らないから覚悟しろ」 「……アルヌール様、陛下、失礼します」 「おっ、おぉ。ゆっくり休め」 「おやすみ、クラウル、ゼロス」 「失礼いたしました」  きっちりと礼を取った後、半ば引きずるように出て行ったゼロスの逞しさ。苦労しているのだろうが、伴侶の鑑のようでもあった。 「エリオットも、そろそろ休もうか」 「でも」 「僕は明日も仕事だし、エリオットもでしょ?」  そう言って促し、オスカルも出て行く。残ったのはカーライルとアルヌール、そしてランバートとファウストだ。 「陛下もお休みください。明日はゆっくりだと伺っておりますが、あまり遅いとデイジー様が心配なさります」 「アルヌールは?」 「ん? そうな-」  実は少しファウストと話したい事があるのだが。  チラリと視線をファウストへ送ると、彼は静かに頷く。それを見たカーライルは苦笑して、先に休むと退室していった。  三人だけ。アルヌールは酒を二人のグラスに注いで落ち着いて座るように促した。 「まずランバート、もてなし感謝する。こんなに立派なものを用意させてしまってすまないな」 「いえ、構いません。皆さんからも要望がありましたから」  それだけじゃない。ランバートとゼロスは酒を入れながらも量はセーブして周囲を警戒していた。それはファウストも同じだった。 「それで、我らを残したの理由を伺っても?」  静かにファウストが問いかける。それに、アルヌールは少しして頷いた。 「ボリスの事を、お前達は聞いているか?」  これに、二人は正しく反応した。ということは聞いているのだろう。 「あと二年程でリシャールの立太子の儀式がある。その時に一度フェオドールの留学期間を切って国に戻るように言っている。ボリスはそれに付いてくるつもりらしい。騎士団を、離れるつもりかもしれない」 「聞いています。本人はそのつもりのようで、その前に俺とゼロスの結婚式に参加したいからと促してきました。おそらく、意志は固いかと」 「俺もボリス本人から相談を受けています。正直有能な隊員を失う事は残念ではありますが、フェオドール殿下を側で守りたいという本人の意志も大事です。その時には送り出せるよう、後輩の指導を頼んでいます」 「そうか、やっぱお前達は動いていたか」  正直、そこの話がどうなっているのか気になっていた。今まで育て、機密性の高い任務を任せるまでに育てた人材を気安くもらっていいものか。  だが、彼らの様子ならば既にいいということなのだろう。ボリスの生きたいように生きろということか。 「今回の訪問で、フェオドールとも会う予定でいる。外交官になりたいと手紙には書いてあった。あと、随分逞しく生きているようだ」 「貴族街に家を借りて、仕事をしながら自立した生活をしているようです。家政婦も通いで、今では自分で料理や掃除が出来るようになったとか」 「逞しくなったのな、本当に」  言いなりになって泣いていた時とは大違いだ。たった一つの出会いがこうまで変えたということか。  そういう意味でも、アルヌールはボリスに感謝している。  改めてファウストの方を向いたアルヌールは頭を下げる。それにランバートもファウストも驚いたが、あえて頭は上げなかった。 「お前達の仲間をフェオドールの為にもらい受けたい。決して不遇な思いなどさせないと約束しよう。二人が幸せであれるよう、俺が責任持って守ると誓う」 「アルヌール様、頭をあげてください。それは俺達がどうこういう問題ではないので!」  ランバートは慌てるが、ファウストは静かなものだ。そして一つ、笑って頷いた。 「跳ねっ返りの強く負けず嫌い、残忍な面もある戦闘狂だが、大事に思う者を大事に出来る奴です。どうか、よろしくお願いしたい」  そう言って同じく頭を下げるのだ、随分丸くなった。  周囲を睨み、張り詰めた空気を出していた男は今、こんなにも穏やかに笑い頭を下げられるまで丸くなった。それは間違いなくランバートがいて、他の仲間がいたからだ。  アルヌールは笑い、確かに誓う。これで後は、二人の意志を聞くだけだ。
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