リリスブックス

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これから始る新しい一日を高揚して待つように、うっすらとオレンジ色が混じりはじめる朝ぼらけの時間。 神宮前碧(じんぐうまえ あおい)は実家である神宮前神社の本殿にいた。  ゆらゆらとなびく蝋燭の炎が神具を照らし、装束ではなく学ラン姿の碧のつまらなそうな顔の陰影も強く映していた。 碧は美少年ではない。 健康診断ではいつも肥満と表示され身長はそこそこだが、脂っぽい肌に白い肌、天然パーマに黒縁の分厚いレンズの眼鏡をかけた…… 一言で語れば豚が人間だったらこんな子だったかもしれない。  「これより《本開きの儀》をはじめる」  首だけでお辞儀をする碧に神主で父の神宮寺翠は見事に禿げ上がった広い額に血管を浮上らせた。  「お前、この神宮前神社の正当継承者としてやる気あんのか?」  「え、はい」 再び深くお辞儀をする。  碧(あおい)はお辞儀をしながら父の顔を伺った。跡継ぎになるつもりなど毛頭ないからだ。 先月、碧は漫画雑誌の新人賞の佳作を取り担当もついた。将来は漫画家になり、そして愛する二次元幼女のたっぷり出る漫画で趣味と実益を兼ねたハッピー生活をするつもりなのだ。  碧の悪い笑顔が蝋燭(ろうそく)の炎がより一層不気味さを引き立てた。 「まぁいい。この本開きの儀はおよそ1000年前に祓い師をしていたご先祖がこの本の中に悪魔を封じたと伝えられている。我が神宮前家の跡取りとなるものは16歳になる歳の4月の赤口の日に本を開き悪魔がもはや消えていることを確認するこの儀式を済まさなければならない」  父、神宮前翠は正座し、持っていた年代物の桐の箱を厳かに開けた。紫の記事に金糸で家紋が刺繍してある布の包とこれも年代物の弓矢が中に入っている。  碧も目の前に正座すると、父に古い弓と破魔矢を碧に渡し包みを開けるとお札だらけの古びた本が姿を現した。 「この時点で当家の祓い師としての代はお前に継がれた。いいか碧、万が一何か見えたら迷わず弓を引け。それは悪魔だ」 「ちょっと待って、継がれた?それって」 父は本を開いた。抗議を言い終える前に碧は背筋に冷たい風のようなものを感じた。 今まで生きてきた中でこんな不安は感じたことはなかった。背後を確認するのが怖くてしょうがなかった。弓と破魔矢を持つ手が震えた。 「父さんは何か見えるのか?」 「ふ、見えないよ。この儀式は1000年間行われて一度も悪魔を見たものはいない。おそらく形式的なもので」 碧はゆっくりと出来るだけ顔だけ動かして後ろにいるか『何か』を見た。 その瞬間、碧の体は硬直し瞳孔が開いた。 「碧。まさか何か見えるのか! 弓を弾け! それは」 碧の眼の前にいたのは、真っ黒でふんだんにレースを使ったワンピースに光沢のある黒の靴で金髪の長い髪をなびかせた同じ歳位の美少女。 そして、その美少女に隠れるようにして同じ服を着ながら大きな熊のぬいぐるみを抱いた金髪の幼女がたたずんでいた。 「それは、悪魔だ!」 父、神宮前翠は叫んだ。 碧(あおい)は感動で体震えはじめる。呼吸が激しくなり、目が血走っていた。 “まさか、こいつ見えているのか?” 「碧!撃て!」 叫ぶ父。 「す、透き通るような青い瞳、ふわふわした金色の髪、そしてクマタンのぬいぐるみを抱きしめる愛くるしさ……」 弓と破魔矢を放りだし、すぅっと立ち上がる。 「す……」 瞬く間にその金髪の幼女の前に移動した。 「好きです」 金髪幼女の青い瞳をじっと見つめて思わず、言葉が口にでる。 幼女は頬を紅く染め熊のぬいぐるみに顔をうずめた。 「こんな理想の子が三次元で実在するなんて……」 “や、やめろ。近づくな祓い師め! 魂まで残らず焼き尽くしてくれるぞ” 美少女は近づく碧に右手を構えた。碧は美少女には目もくれず、興奮して赤くなった頬と鼻息を荒くし額から汗を流しながら片膝をついた。 「俺は神宮司碧(じんぐうじあおい)と言います。お、お名前は?」 碧は満面の笑顔のつもりだがかなり不気味な顔であった。 「り、りりす」 幼女は美少女と熊のぬいぐるみに隠れながら目をそらして答えた。 「かー」 碧は嬉しくて限界を迎え自分の頭をぽかぽかと叩いた。 “な、妹から離れろ!”  美少女は碧からかばうように幼女を自分の背後に隠した。 「碧!何をしている。そこか!そこにいるのか!」 父は破魔矢と弓を拾うと碧と対峙しているだろう暗闇の何かに狙いをつけた。 その刹那、碧の眼が光り尋常ではない速さで父に近づいた。 弦に引かれた破魔矢をしっかと両手で掴み奪い取ったと思いきや、渾身の力で破魔矢を膝でへし折った! 呆気にとられる父と金髪の美少女と幼女。 「あ!」 碧が本殿の隅を指さすと父が咄嗟に凝視した。その瞬間、碧は走り出し本を奪って逃げ去った。 「こら、あお……」 あっという間に玄関の戸を開ける音がする。 「なんということだ、た、大変な事になってしまった」 父は膝から崩れ落ちた。
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