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二
「聞いてよ、鳩目君。あの子ったらね、もうこれで四足目なの。買ったローファーを四足も駄目にしたのよ?」
常連客である主婦の瑠美さんは俺の前に仁王立ちになってさっきからぶつぶつと小言を落としている。言いたいことは至極わかるが俺に向かって言われても対処のしようがない。
「それではまた採寸日にご来店をお待ちしております」
そう言って微笑んだ俺に瑠美さんは大きく頷いて、今しがたカウンターの上で記入していた注文書を俺に返した。
「ええ、そうだわね、ちょっとその日は私の都合がつかないから、娘一人で行かせるわ。よろしく頼むわね」
「かしこまりました」
彼女はいかにも高級そうな金鎖の華奢な時計を見て、目を見開いた。
「急がないと。今日はひさしぶりに昔のお友達とランチ会があるの」
先程対応をしてからずっとローファー片手に文句を言っていたのとはまるで別人みたいな優しげな口調で明るく言うと彼女は店の自動ドアを踏んで踊るように店を出て行く。艶やかなヒールの靴がコツコツと遠ざるその小さく軽やかでリズミカルな音を聴きながら俺はやや右上がりの癖の強い彼女のボールペン字で記されたばかりのオーダー靴の注文書に目を走らせた。
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