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芥辺は血振りした刀を鞘に納めふと蒼龍の方を見る。斬り落とされた首は涙を流していた。
(家族のことを思っていたのだろうか)
そこには先程まで芥辺を斬ろうとしていた鋭い殺気はなく、ただ悲しみに暮れた表情を浮かべた青年の顔があるだけだった。
「お見事にございます」
ふと芥辺の背後から聞き慣れた声がした。この仕事を仲介してくれた朝霧だった。
「この蒼龍という青年、剣の腕が立ち、多くの者を斬ってきたようですが、そんな者をたった二太刀で葬り去るとは流石は最強の剣士と謳われるだけはありますね」
「……別に、大したことじゃない」
「またまた御謙遜なさらずに」
「それより、依頼は達成できた。この青年の形見をひとつばかりいただきたい」
「構いませんよ。ですが、如何するのです?」
「この青年には弟と妹がいた。青年の行いは決して許されるものではないが、弟と妹の為に墓前に供えようと思う」
「なるほど、そういうことでしたら喜んで差し上げましょう」
「かたじけない」
芥辺は蒼龍の亡骸の前に膝をつくと、首に提げていた装飾品を拾い上げ、手を合わせて目を閉じた。
「どうか安らかに眠ってくれ」
やがて立ち上がり、踵を返す。朝霧に一礼してその場を去って行く。
「人斬りが罪深き者に慈悲をかけるなど……不思議なお方だ」
朝霧の呟きは風に消えた。
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