俺の知らない勇者追放系イベが発生している

2/10
前へ
/10ページ
次へ
_1ヶ月前  俺は、友達との挨拶もそこそこに放課後、一番に正門を飛び出すと、駅前の本屋に向かって自転車を全力疾走で漕いでいた。 何を隠そう、今日は弐土マロイ先生の最新作「転生したら、埼玉の帰宅部高校生の俺が勇者として無双しそうな件について」(略してタマキタ)の3巻の発売日だったからだ!本当は、登校前に買いに行く予定だったが、今日は朝から小テストがありそのテストでやばい点を取ると放課後補修は免れないので、泣く泣く下校時まで今か今かと待つことになったのだ。駅に近づくにつれて、見えてくる紅色の書店の看板。ハンドルを握った手の裏にじわりと湿ってくる。あと数漕ぎで、半年待ったタマキタに会える!!!俺は警告の紙が貼られた寂れた放置自転車の横にドリフトを決めると駆け足で、書店に入った。  自動ドアを開けると、ひんやりした清涼感のある空気に包まれる。その空気を切り裂くように、ずっといった右奥、異世界転生モノを集めたコーナーに向かってズンズン足を進める。新作を置かれた平台の上に店員が書いたのであろう手書きのカラフルなポップと共にお目当ての品は、あった!!嗚呼、会いたかったよ、、タマキタちゃーん!! 俺は平台のうちの数冊が凸凹と欠けているのを見て、俺よりも先にこの埼玉支店でタマキタを入手した者がいることに少し嫉妬を覚えたが(でもタマキタが人気で少し安心した)、とりあえず、恐る恐るまだ、誰も触れていないだろう下の方に積まれた一冊を手にすると、レジへ向かった。バーコードをタッチする無機質な機械音が、洞窟で宝物を手にした時のSEのように聞こえた。 戦利品を手に、店を出る。今すぐここで見てしまいたいが、それはナンセンスだ!新作を読むのならば、冷房ガンガンに効かせて、裸足で薄い毛布に包まりながら、麦茶を飲む自室でなくてはならない。  俺は投げ捨てられたチャリを立て直し、今度は自宅に向かって全力でチャリを漕いだ。 まだアニメ化されていないタマキタの、動画サイトで見つけたイメージソングと妄想の中での自作AMVが頭の中をループする。気分は最高潮だった。  だから自宅近くの普段は気をつけるような交差点から、トラックがこちらに向かって突っ込んできたのに全く気づかなかった。 ひしゃげる自転車、叩きつけられる身体、そして、宙を舞う未開封のタマキタ、、、  17歳で生涯を終える俺の脳裏に浮かんだのは、初恋のあの子でも、優しいかーちゃんでも、まだ小学校の時のヤンキーから返してもらってないDSのカセットでもなく、タマキタ。それだけだった。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加