30人が本棚に入れています
本棚に追加
「しーのーぶーくーん」
その日以来、佐倉さんは時間が出来ると、僕のところに顔を出してくるようになった。
コーヒーやお菓子の差し入れ。
ランチのお誘い。
一緒に帰ろうと言ってくることもあった。
「愛されてますなあ」
先輩がそんな僕らを優しい眼差しで見ている。
受け入れてくれるのは嬉しいけど、恥ずかしくて仕方ない。だって、今までは人に知られないように恋をしていたから。
「もう。一日に何度来たら気が済むんですか」
「いいじゃん。君の顔が見たいんだよ」
ストレートな言葉にも慣れてない僕は、いつも素直になれない。
「いい加減に仕事してくださいっ」
「わかったよ。じゃあ、後でな」
佐倉さんが全然堪えない様子で自分の席に戻っていくと、僕は大袈裟に息をついた。先輩が楽しそうに声をかけてきた。
「君もそんな顔するんだな」
「な、何か変ですか」
「いや。いつも隅で大人しくしてる姿しか見たことないからさ」
そりゃ ゲイってことだけで
他のことにも 自信持てなかったし…
「それに、そんな大きな声も出るんだなって」
「えっ、あ、すみません。うるさかったですか」
「違うよ。何だか楽しそうだなって思ってさ」
先輩は僕の肩を軽くぽんと叩いた。
「君が生き生きしてるのを見て安心したよ。あいつのおかげだな」
「はあ…」
彼のおかげ?
こっちは 振り回されてるだけなんだけどな…
無精髭によれよれで構わない服装。
口を開けば煙草の匂い。お喋りは尽きない。
手が早くて、隙あらば僕の唇や貞操を狙ってくる。
でも…
僕にすごく優しくしてくれてるのは確かだ。
公認の恋人なんて、どう接していいのかわからなかったけど、慣れてきたら思ってたよりも…、嫌じゃない。
周囲の理解と、佐倉さんの優しさと。
そして、石田さんも僕をじとっとした目で見ることがなくなった。また前のように自然に話せるようになった。
気がつけば、ゲイであることを一人で悩んでいたのが嘘のように、僕は明るい毎日を送れるようになっていた。
約束の1ヶ月が過ぎた。
僕は彼のおかげですっかり元気になっていた。
髪型も服装も性格までも、ポジティブとは言いきれないけど以前よりは明るくなった。
佐倉さんが僕に絶対似合うと言ってくれるから挑戦してみただけなのに、褒めてくれるから悪い気はしない。
彼は優しくて、いつも僕を守ってくれた。
楽しかったかと聞かれたら、頷くしかない。
だけど…
最初のコメントを投稿しよう!